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<『創霊の紡ぎ歌』 闇夜の邂逅:他家交流>

  

 まったく運の悪い。あの騒がしい同居人がいきなり熱を出すなど天地が逆転しそうなことになるからこんなことになるのだ。サムは面倒そうにため息を吐き出す。
 彼の前にずらりと居並ぶのは見たことのない異形たち。確実にこの街に生きるものではない。おそらく、どこぞから迷い込んできた異界の生き物なのだろう。
「俺は一刻も早く帰りたいんですよ。あのカボチャ娘、熱に浮かされて何をしでかすか知れたものじゃない」
 こうして外に出たのはあの家に解熱剤がなかったからだ。本当は放っておいてもよかったのだが、朦朧とした彼女がいつも以上に爆弾を誤爆させるものだからその選択肢も選べなかった。同じ家に住むことを命じられた以上、あの家が壊れてはサムも宿無しになってしまう。生きていけないかというとそうでもないが、面倒など必要以上に抱え込みたいものではない。サムはため息をつくと、自身の武器をすらりと引き抜く。この程度、相手にするには不足なほどだ。
「雑兵が揃った所で、俺の敵じゃありませんよ」
 目を開くほどの相手などいようはずがないが、面倒だという意思が勝ち、サムはふっと双眸を開く。そして、一足飛びで異形たちの間に飛び出した。分解して両手で持っている鋏を右へ左へ薙いで行けば、応じて異形たちは物言わぬ肉塊へと変わっていく。後片付けは他の誰かに任せよう。サムは無言で"掃除"を続けた。
 すると、不意に耳に不可解な音が聞こえてくる。自分がいる方向とは逆から、何故か断末魔がいくつも聞こえてくる。グライドか、アトラか。誰かがいるようだ。それにしても見知った雰囲気ではない。まさかこれらを引き連れてきたものが暇つぶしに部下を傷つけているのか。
 考えはしたが、サムはさしたる興味は抱かなかった。この街の者であるなら押し付ければいいし、敵なら"片付け"ればいいだけだ。さらに攻勢を続けていると、不意に視界が翳った。見上げればそこにいたのは本来は四肢で動くのであろう異形が前の両足を高く掲げている。大振りすぎる攻撃にサムはよける気すら起こらず、武器を一度握り直してから地面を蹴って飛び上がった。
「邪魔ですよ」
 片方の鋏を振り切れば、肉は裂かれ、骨は立たれ、周囲には嗅ぎ慣れた紅雨の臭いがよりいっそう濃くなって満ちていく。
 しかし、サムの興味はすでにそれにはない。彼の視線が向くのは、それを挟んだ向かいにいるひとりの人物にだ。
「……どなたですか?」
 尋ねる内容はこの場にあって決しておかしくはないものだろうが、サムの声音は血と死体が満ちるこの場では平静すぎるものだった。まして相手はサムと同時に先ほどの異形を斬り伏せた相手だ。その、左手に握っている血に染まった剣で。サムの問いかけを受け、視線の先にいた男性はくっと笑った。馬鹿にするような笑みだと、少しだけ不快になる。
「人に名前訊く前に自分で名乗れ、ってのは俺の世界だけの常識か?」
 "俺の世界"。
 彼はどうやら異次元、異世界の存在を理解している人物らしい。自らの意思で来たのか勝手に飛ばされて来たのか、詳細は定かでないが、サムはふいと視線を彼から背けた。
「なら答えてもらわなくて結構ですよ。俺の名前を明かしてまであなたに興味はありません」
 強がりではなく本気の言葉。男性はまたくっと喉を鳴らした。「ああそうか、じゃあいいぜ」と許容する姿勢を見せる。いちいち反応の気に食わない男だ。
 ああ、やはり今日は運が悪い。同居人が元気になったらそれなりに報復はさせてもらうとしよう。サムはルゥが聞いたら「八つ当たりですうぅぅ!」と叫びそうな決意を固めて再び"掃除"に戻った。それに応じて、どうやらあの男性も戦いに戻ったらしい。
 甘い男だな。サムはちらりと男性の足元に転がる異形たちを見て呆れた。サムの通った後に生命はすでにないというのに、男性の通った後には虫の息が転がっている。それとも、"片付け"られない臆病者か。どちらにしろサムにとって彼はそれ以上考えるべき存在にはならなかった。



 ややあって、場は静けさを取り戻した。無音と虫の息が混じる、決して穏やかではない空間。サムは鋏の血を綺麗に払うと再び形を取り戻す。そして帰途へつくべく歩みはじめたその時、突如背後を振り向いた。響き渡るのは甲高い金属の衝突音。顔の前で横にした鋏が受け止めたのは、一振りの刃。
「何の真似でしょうか?」
 問いかけた相手はあの男性だ。本気で振り下ろされたのは間違いないが、殺意がまるで籠もっていない。サムが内心で不思議がっていると、男性はひどく楽しそうに笑った。それはルゥたちが楽しいものを見つけた時に浮かべるそれと酷似している。
「なあ、俺と遊べよ」
 受けた印象にぴったりと合う誘い言葉。だが、彼の行動は決して言葉に合っていない。
「人に剣を向けることを遊びと言わないのは俺の世界だけの常識ですか?」
 嫌味のように問いかければ、男性はまた笑った。
「さあなぁ、探せばあるんじゃねぇか?」
 小馬鹿にしたような返しに眉をひそめると、男性は剣を押す手に力を込める。
「少なくとも俺は、楽しい奴にしかこの遊びは誘わねぇなぁ!」
 言下、すさまじい勢いで剣撃が襲い掛かってくる。サムは面を食らいながらもそれを確実に捌いた。何という狂った男か。サムは小さく舌打ちする。攻撃だけの相手なら問題ないが、サムが攻勢に出ればそれを捌くだけの技倆はあるらしい。数度の攻勢の転換を終えて、ふたりは一度飛び違う。そうしてまた男は楽しそうに笑った。面倒すぎる相手に本気で片付けることを視野に入れたその時だ。突如彼の背後に仮面の人物が現れる。奇抜すぎる服装の人物は男性か女性か分からないが、あっさりと男の肩に手を置いた。
「おほほ、見つけましたよぉジーンさん。行けませんねぇ、次元の狭間に迷い込んだ先で暴れるのは」
 場の雰囲気を理解しているのかしていないのか、仮面の人物はのんびりとした口調で男――ジーンをとがめる。ジーンは不機嫌な顔を返事の代わりとした。
「おほほ、さあさ、帰りますよ。皆さん心配しますからねぇ。そちらの方、お騒がせして申し訳ありませんでしたね、お邪魔しました」
 にっこりと笑って軽く手を振ると、仮面の人物はジーンを連れてどこかへと消えてしまう。門を使った気配はなかったというのに。しばらくの間周囲を見回していたサムは、不意に小さく息を吐くと再び瞼を落として鋏をしまい直す。そして、何事もなかったかのように歩き出した。
「あのカボチャ娘のせいで疲れたから、くだらない夢でも見たんでしょうね」
 小さく呟き、サムはそこから去っていく。あの戦い狂いの男には、きっと二度と会わないだろう。ならば記憶するだけ無駄だ。そう、冷たく切り捨てて。


碧無ちゃん宅のサム君と当家のジーンの交流小説です。
そのうちまたお邪魔しようOR掻っ攫ってこよう←

そういえば自分のキャラじゃなくて人様のキャラ視点でやるのが結構楽しかったりします。
キャラが掴みやすい子だと特に。サム君多分私が思っているよりも難しい子ですが、
この掌編に関しては親御さんの碧無ちゃんにOK貰っているのでよしとします(*´∀`*)

掲載:2013/03/17




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