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第1話 「最高(さいあく)の再会」
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 剣戟の音が響くのに耳を澄ませ、ティナは目の前で繰り広げられている試合をぼんやりと眺めていた。真剣に打ちかかっていく藍色髪の青年とそれを軽々とあしらっている飴あめ色髪の中年の男性の試合は、そう称するよりもおじが甥っ子と遊んでいるように見えてしまう。それほどに、一方的だ。
「うわたぁ!?」
 短い悲鳴と人の倒れる音。そして金属が落ちる音に、ティナはようやく正気に戻った。見やれば青年が男性の足元に転がっている。予想通りの勝敗にティナはさした感動もなく、そろえた両膝の上にひじをつき両手であごを支え息を吐いた。
「ほれ一本。俺の勝ちだなエルマ」
「ちっくしょぉ〜……っ!」
 小馬鹿にしたような男の台詞に青年――エルマは歯噛みして拳を握り締める。それを尻目に男はエルマの手元に落ちていた鉄の棒をひょいと拾い上げた。エルマの瑠璃色の双眸が怒りを灯して男を睨み上げる。
「おいっ!」
 言葉とともにそれを奪い返しに跳ね起き迫る。しかし男はそれを軽々と避け、それどころかその喉元に先端のクラブ型の刃をつきつけた。少しでも引かれれば頚動脈を切られる恐れもあるというのに、それでもエルマはひるむことなく不満げに男を睨みつけている。男はそれに満足そうに笑うと刃を離し、武器をエルマに投げ渡した。
「まだまだヒヨッコだな。こんなんじゃ来月の選抜テストにゃ連れてけねぇ」
「別に平気だと思うけどなぁ。何でダメなんですか? クレイドさん」
 試合場の低い段差を身軽に飛び降り間近に来た男――クレイドに向かってティナは見上げながら問いかけた。クレイドは「ああ」と一言発するとまだ試合場にいるエルマにも聞こえるように喋り出す。
「まだ完璧に隊長になりきれてねぇ奴なんざ連れてけねぇ。そうだろティナ? 弱いだけならまだしも、隊長の証も支えきれねぇ小僧なんざ連れてったらトランプ騎士団の名折れだ」
「何だとおっさん! オレのどこが半人前なんだよっ!?」
 クレイドの背中に怒鳴ったエルマの手にはクラブの刃の付いた鉄の棒。胸にはクラブの紋章。彼はエルマ・ウロンド。若干十八歳でトランプ騎士団隊長「クラブ」の座に着く青年だ。まだ少年の幼さを残す彼の不機嫌な視線をクレイドは真正面から受け止め睨み返す。
「違っちゃいねぇだろ? 現に俺はまだ烏葉(からすば)を持てるぞ。己の持ち主にしかその身を預けねぇはずの武器を」
 決して荒げられてはいないその声に、しかしエルマはぐっと言葉に詰まって悔しそうに両拳を握り締める。他のことなら庇うために二人の間に入るティナも、このことに関しては口を挟めない。それほど"それ"は異常のことなのだ。
 自薦他薦問わず、隊長とは選ばれようとして選らばれるものではない。先にクレイドが口にしたように、隊長5人は5つの武器たちが選ぶ。
 総隊長ジョーカー専用の武器を鵠風(こうふう)。
 大隊長スペード専用の武器を狼藤(ろうとう)。
 隊長ハート専用の武器を茜日(あかねび)。
 同じくダイヤ専用の武器を紅雪(べにゆき)。
 そして、同じくクラブ専用の武器を烏葉(からすば)。
 これらは己の持ち主をただ一人だけ決める。そして決められた一人が、騎士団の隊長の立場を拝命する仕組みになっているのだ。ではどう選ぶのか。その選抜方法は至極単純である。すなわち、武器を持てるか持てないか。
 それぞれに選ばれた隊長にしかそれぞれの武器は持つことが出来ない。それ以外の者にとって、鵠風をはじめとする五本の武器は重くてとても持てないのだ。たとえば狼藤を持てるのはティナだけ、など。だが、それにもかかわらず烏葉はエルマとクレイドの二人の手にその身を任せている。当代クラブのエルマ・ウロンドと、先代クラブのクレイド・レーアの二人の手に。これは由々しき事態であり、騎士団の威信にも関わるため極秘とされている。もちろん、隊長とその他の老練の騎士たちを除いての話だ。
「――まぁ、全部が全部お前の未熟さとは言わねぇよ。な、ティナ?」
 急に話を振られて驚いたティナは少し眉をひそめ、それでも笑って頷いて見せた。後付された慰めにエルマは一層不機嫌な顔をクレイドに向け、試合場を飛び降りティナの隣に駆け寄る。
「でもよ、そんなのオッサンが烏葉持たなきゃいいだけだよな? オレが行っちゃダメな理由になんなくね?」
「エルマそんなに選抜テスト行きたいの?」
 物好きな、と言外に含まれた思いにまったく気付かず「おう」と元気のよい返事をするエルマに、ティナはあきれ混じりに笑った。
 選抜テストとは二年に一回行われるポーカー騎士団からトランプ騎士団への昇格テストのことを言う。しかし現在すでに埋まっている席に割り込むのは難しいことで、合格出来る者は滅多にいない。先にすでにいる者を引かせても入団させる価値があるかどうかを量り、もしくは量られるため、テストの試験官もテストを受ける者もその時期は怖いほどピリピリしているのが普通だ。ティナははっきり言って嫌いな空気だが、エルマのように試合や手合わせをすることやその緊張感を好む者には、なるほど絶対行きたい場所だろう。それにポーカー騎士団は二年前までエルマが所属していたところだし、今年後輩が受けるのだともこの前教えてくれた。
 ポーカー騎士団とは各国にそれぞれ配置されたトランプ騎士団より下位の騎士団のことだ。その総員はトランプ騎士団とは逆に上限が設けられておらず、騎士を夢に抱く者たちのために老若男女問わずその門を大きく開いている。トランプ騎士団の構成員は一部の例外を除けば全員がここの出身者だ。
「ま、いけるかいけないかは来月までのあんたの態度と総隊長と大隊長の意見次第ねぇ」


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