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第7話 「嵐の前の不協和音」
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 またここか。
 ティナは見渡した霞がかった世界に深く息を吐いた。唯一はっきりとレティシアと邂逅できる場所。ここがどこだなんていうことは正直ティナにはどうでもよかった。そういったことを考える能力が弛緩したかのように気にも止まらないのだ。ティナは周囲を見回す。自分がここにいるということはあの泣き虫もここにいるはずだ。そう思ったティナの予想は易く正解につながった。少し離れた所で、レティシアが遙か空虚を見つめて立ち尽くしている。思わず目を逸らしたティナは、しばらく迷ってから『彼女』に向かって歩き出した。告げてやろうと思ったのだ。今度こそ完全に『彼女』と決別することを。
「レ――」
 レティシア。そう呼びかけ終わるより早く、その名の主は振り向いた。今日は涙を流していない『彼女』にほんの少しの間声を失ったティナに構わず、レティシアは先ほどまで自分が見ていた方向を指し示す。何かあるのかと思わず顔を向けたその視線の先で、ティナは懐かしい人の姿を見つけた。霞の向こうにぼんやりと広がる景色の中にはっきり浮かぶそれに、彼女はしばし言葉を忘れる。
『レティシア、忘れてはいけないよ。《スペード》の力は強大だ。だけどそれはレティシアの力だから、怖がる必要はない。お前が心を強く持てば何も怖くない。分かるね?』
『――よく分かんない。難しいよおじいちゃん』
『うーん、そうかい? ならもっと大きくなったらまた教えてあげるよ』
 20代前半の青年が苦笑する。その前では10歳前後の少女が彼を見上げて首を傾げていた。ティナはその光景を覚えている。それはレティシアが最初にセルヴァから《スペード》の説明を受けた時のものだ。しばらくそれを見ていたティナは強く歯噛みすると、レティシアを振り返り剣呑な眼差しで睨みつける。
「何のつもりレティシアッ!? こんなものまで見せて、そんなに自分のほうが愛されてるんだって自慢したいの!?」
 怒りに任せた言葉を紡ぐティナにレティシアは当てが外れたかのように驚いた顔をして慌てて首を振り、また幼い自分を示した。何かを言っているようだが、ティナにその声は聞こえない。レティシアは頬を震わせる。それまで消えていた涙がまた浮かんできたのを見て、ティナは更に不愉快そうな顔をした。今や半分消えかかっている過去の映像からはすでに何の音も聞こえない。苛立ちを隠せない様子で、ティナは頑なにレティシアを拒絶する。
「でも残念ねっ。《スペード》はもうあんたじゃない! 《スペード》は私よっ!!」
 その言葉を発した瞬間、それまでティナに触れようとしなかったレティシアが強くティナにしがみついた。涙をこぼし必死な形相をするレティシアにティナは振り払うことすら忘れる。
「〜〜〜〜〜〜〜っわ、たし――――」
 震える声が、絞り出された。

「私は"   "」

 言葉尻に被って空白が押し寄せてくる。ティナはそれが夢の終わりであることを悟った。



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