< >
いつかこんな日が来ることは分かっていた。それが少し早まったに過ぎない。李栄は自分にそう言い聞かせふっと口元を緩める。兜を被り眼下を望めば視界を埋めるのは「黄」の旗印。もはや城門が突破されるのに時間はかからないだろう。
「李将軍……」
背後から小さな声がかけられる。振り向けばそこにはまだ若き李栄の主が背後に近衛を従えて立っていた。武装をしているというよりも鎧に着られているようなまだ頼りない少年は、不安そうな、申し訳なさそうな顔で李栄を見続ける。李栄はそんな彼に笑いかけた。
「慶太子。そのような顔をなさいますな。あなたはこれから祖国まで駆け戻らねばならぬのですぞ。今からそのような弱気は禁物です」
そう言い聞かせると、若き主・魯慶はぐっと唇を引き伸ばす。李栄はそんな彼を見て、彼の成長を見届けられないことだけが心残りだなと少し寂しさを覚えた。
だがやらねばならない。この場で、敵兵に囲まれたこの状況で、最低限の生存率を保てることが出来るのは李栄だけなのだから。
「さあもうお行きくだされ慶太子。あなたにお仕え出来たこと、この李栄心より誇りに思います」
背を向ければそれが別れの合図。魯慶は何かを言おうとするが結局歯を食いしばり言葉を飲み込んで同じく彼に背を向ける。
「……私は、必ず生き残ります。ご武運を、李将軍」
たったそれだけを言い残し、魯慶は早足でそこを離れていった。短いながら力の籠もったそれに、李栄はまた笑った。泣き虫だった子供が、強くなったものだ、と。
「――残った兵は防備を固めよ! これより徹底的に篭城する。我等が主の活路、我等の守りにかかっておるぞ!」
大気を振るわせんばかりに大音声で放たれた下知に、行き着く先が分かりきっているはずの兵士たちは大声で応じた。
城内に波及していく掛け声の中、李栄は腰の剣を強く握り締める。
今こそが、この時こそが、李栄の人生最大の晴れ舞台だ。
< >