< >
この所、シスター・プテリスは常に思い悩んでいた。
彼女は悪魔祓いを生業とする一団に所属する。そのうちの小遊撃隊アルファエリットが彼女のチームであり、リーダーことシスター・クレマチスの下日々仕事に励んでいる。クレマチスは非常に優秀なエクソシストであり、並大抵の悪魔や上の下レベルの悪魔程度ならばひとりで退治出来るほどだ。
だがそんな彼女が、最近とんでもない失敗を犯した。それは――。
「クレちゃーん、今日こそ俺の愛を受け取ってくれー!」
「ええいっ、失せなさい悪魔が! 私に触れるなっ」
漆黒の髪に同色の双眸、前身が露になっている純情な乙女には刺激の強い格好の整った顔立ちをした男が修道女姿の女性ことシスター・クレマチスに抱きつこうとして飛び出す。しかしその瞬間に硬鞭に思い切りその見目麗しい顔を打たれてしまった。
倒れるか、と思われたが彼は鼻血を出すどころか顔へのダメージなどまるでなかったように復活してまたクレマチスに言い寄っている。普通の人間ならありえないが、彼にとってはあの程度造作のないことのようだ。
そう、彼は悪魔。クレマチスが起こした失敗の、その結果。
数日前、いつも通りに悪魔祓いを行ったクレマチスだが、何故か£イ伏に失敗してしまい、何故か¢且閧ノ惚れられてしまったのだ。そして今ではストーカーと呼んでも差し障りない状態となっていた。
プテリスにとってはそれだけでも頭を抱える状況だが、理由はそれだけではない。
「リーダー大丈夫? はい、お水」
何とか追い払って肩で息をするクレマチスに同じく修道女姿の少女――下手をすると幼女とも言えそうな娘が近付く。小さな手で差し出された水を、クレマチスは笑顔で受け取った。
「ありがとうディモル。大丈夫よ」
クレマチスが頭を撫でてやると、少女ことシスター・ディモルフォセカは爛漫な笑顔を彼女に返す。それを見るたびにプテリスの心はまた迷い出した。プテリスが思い悩む、その最大の原因こそが、彼女なのだ。
(言わなくちゃいけないのは分かるけど、言えない……)
プテリスは知っている。今回のクレマチスの失敗の原因を。この無邪気な少女が何をしたのかを。
誰が思うだろうか。エクソシストの命とも言えよう武器に悪戯をしたなどと。誰が思うだろうか。その結果チャームの効果が彼女の武器についてしまったなどと。クレマチスが武器を振るって悪魔を追い払うたびに、彼はどんどんクレマチスに惹かれていく、などと。
ああ、早く言わなくては。この小さく無邪気な悪魔の悪意のない所業が本格的にマズイ状況を引き起こす前に。
「り、リーダー!」
意を決して声をかける。それに応えるようにクレマチスと、彼女に甘えるようにくっついていたディモルフォセカが振り向いた。
「うん? なぁにプテリス?」
「にー?」
疲れているだろうに笑顔を絶やさない上司と、純粋な眼差しで微笑んでいる後輩のふたつの視線を前に、プテリスは内心でだらだらと汗を流す。
「お、お菓子でも持ってきます? 疲れた時には甘いものですよ」
「あらいいわね。ありがとう。みんなでお茶しましょう」
「わーいっ、お菓子お菓子〜!」
……そして、結局また言えずに別の話題に逃げてしまった。スカートを翻し部屋を出て行くシスター・プテリスは、明日こそ必ずともう何度目か分からない決意を胸に抱いて涙を飲んだ。
最後にくすりと笑いをこぼしたのは、果たして誰であっただろうか。
< >