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 作られたのは5年前。人類とは異なる文明を持ち独自の発展を遂げた種族・ディシミラーとの境界となる樹海を守るために製作が始まった、戦闘用自律式二足歩行型ロボット――通称ABCR。そのAF-255が彼≠フ製造型番であり、655231が彼≠フ製造番号である。

 人間や、彼らに飼われる動物たちのような名などない。ただ消費され、壊れれば次の同類が補充されるだけの存在だ。だが彼≠ヘそれを不満には思っていなかった。時折自我が目覚めすぎた同類が人間に逆らう場面は目にするが、彼らと二度会えたことは今のところない。

 ロボット三原則というもののため、彼≠轤ヘ人に逆らうことを許されていないのだ。戦闘時に瞬時の判断を出来るようにするために自我をつけたものの、制御できなくなることを恐れた人間たちはこの原則を破る自我を見せたものはことごとく破壊する。それを恐れ、壊されてフォーマットされた同類たち同様自我に目覚めたはずの同類は何も言えなくなるのだ。

 彼≠ヘ壊された同類のことも壊されまいと従順を演じる同類のことも何とも思いはしなかった。愚かだとも正しいとも滑稽だとも利口だとも思いはしない。彼≠ェなすべきは仕事。樹海を抜け人類を害そうとする異種族を殲滅することが、唯一彼がなすべきことなのだ。

 

 しかし、その「当たり前」がある日揺らいだ。

 原因は樹海の花畑で出会った一人の少女。10を少し越えた程度の年だろうが、ディシミラーである彼女は殲滅の対象のはずだった。だが、これまで出会ったどのディシミラーもむき出しだった殺意も敵意も彼女からは察知出来なかった。センサーの異常だろうかと彼≠ヘ考える。しかし、敵対行動がない以上彼≠ヘ彼女に危害を加える理由がない。何故なら彼≠ノ課せられている命令は「樹海を抜けようとする、もしくは敵意・殺意を持って向かってくるものを殲滅する」であるから。

 

 最初驚いた様子を見せていた少女は少しすると彼≠ノ慣れ始めたらしく、おどおどとしながらも話しかけ、恐々と触れるようになってきた。それでも敵対行動とは取れず、彼≠ヘ彼女を手にかけることはしない。

 その日はそこで別れた。次に会ったのは数日後だ。同じ場所を巡回に来た彼≠彼女は迎え、彼≠熨ゥの間彼女との会話を興じる。そんなことが何度が続くと、後に彼女から「あたたかい」という単語を当てられた新たな自我――感情――の目覚めも、経験することになった。「あたたかい」を感じると感情情報が山を描く。それを伝えると彼女は今度は「嬉しい」という名前をその名もなき感情に与えてくれた。

 

 そんな、「優しい」という感情が増えていったある日、彼は再び転機を迎えてしまう。

 定期メンテナンスの際に映像記録を調べられ、彼女の存在を軍部に知られた。本来であればフォーマットが必要となるが、兵士として優秀である彼≠ヘそれを免れる。しかし、その行動原理を書き換えられてしまった。

 それを自覚した彼≠ヘ、その日から彼女との言葉なき約束の場所に近付かなくなる。彼≠フ知らない「不安」、「恐ろしい」という感情ゆえのその行動。しかし、ある日、約束の場所の外で、彼女と出会ってしまう。

 探していた、と、会いたかった、と、彼女は言う。いつものように、機械の冷たい体に触れ、抱きつくために彼女が近づいて来た。その時、彼≠ヘ生まれて初めて声を荒げたのだ。

 

「近付くな」

 

 と。彼女は一度止まった。何故、と問われるが口から出るのは彼女と敵対する言葉ばかり。行動原理を書き換えられたあの日、対応プログラムも書き換えられてしまったのだ。泣き出しそうになった彼女は、それでも毅然と近付いてくる。「友達だから」と彼女は言う。その言葉が、「嬉しく」、「悲しい」。

 ディシミラー独自の移動法で彼女は彼≠フ間近に現れた。引こうとしても、引けなかった。

 

 彼女の小さな手が、彼≠フ鋼鉄の体に触れる。

 

 その途端に彼≠フ双眸には鈍く赤い光が灯った。

 

 

 

 

 

 自我が彼≠フ手元に戻ってくる。同時に自覚するのは、自身を濡らす紫に近い赤の液体。手にしているのは同じ液体に濡れ、肉がこびりついた手斧。視界に映る地面に転がるのは、無残に切り裂かれた彼女の死体。作動してしまったのだ、ディシミラーに接触したら対象を殲滅するという行動原理が。

 

 彼≠ヘ立ち尽くす。感情回路が様々な波を立てていた。彼女に教えてもらえなかった感情ばかりだという自覚はあるが、それが何と呼ばれるものなのか彼には分からない。込み上げてくるこれが、彼女が過日死んだ小鳥を前に涙を流した理由と同じ感情ならば、この機械の体をはじめていらないと思ってしまった。

 

 やがて、帰還しなかった彼≠ヘ同類たちに運ばれラボに引き取られる。研究者たちは彼≠ノ試した方法が誤っていたと判断したらしく、彼≠ヘその日の内にフォーマットにかけられることになった。

 

 機械の台に寝そべった彼は、自ら回路をひとつひとつ落としながら断ってしまった小さな命に静かに思いを馳せる。

 以前彼女が言っていた、願いを叶えるおまじない。彼≠ヘそれを音声にせずに唱えた。もしも願いが叶うというならば、今度はこんな世界ではなく、もっと平和な世界で出会いたい。

 彼女に触れられるのを、恐れないで済む世界で――。

 


〜あとがき〜

ツイッターのお題ボット「絡繰仕掛けの夢」さんのお題
  「その手が僕に触れてしまうことが何よりも怖くて仕方がなかった。」
より。
何か話が書きたくて仕方なかったので適当にお題を漁ってきました。他にもたくさんあったのですが、
意識が引っかかったのはこれだったのでこれで。またお借りしてこようと思います。

作中の各設定はこの作品用に急遽作り出したものですが、割といい感じな気がするので、その内余裕が
出来たらこれを元にした作品を作りたいなと思います。……結構エグくなる予感がしますね!

その時はもう少しタイトル考えます。ぱっと出てきたやつをつけたのですが、何だかこのタイトル
どこかで聞いたことある気がします。


2014/04/13

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