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『押し付けたようで申し訳ありません』
送られてきた文面に、ハンドルネーム・あるのん こと有野 香織は首をかしげて困惑する。メッセージの送り主はSNSでのフォロワーである「伊織」というハンドルネームの(恐らく)女性だ。先日フォローされたので香織もフォローを返したばかりのご新規さんで、丁寧だが親しみある人物のように感じていた。事実、会話をするのもやりやすく香織はすでに彼女に好感を持っている。
さらに、昨日は香織の好きなキャラクターの絵を少女マンガのような可愛らしい絵柄で描いて送ってくれた。嬉しいサプライズに香織は喜び勇んで彼女にお礼のコメントを送り、幸せな気分で眠りについた。
それなのに、何故か返事は謝罪の短文。香織は何か失礼なことを書いてしまっただろうかと自分が昨日送ったばかりのお礼のコメントを読み直す。しかし、何度読んでもどこが地雷だったのか分からなかった。仕方なく、伊織に謝罪と理由を尋ねるコメントを送りなおす。
『伊織さん、昨日のコメントで不快にさせてしまったようでごめんなさい。気をつけて送ったつもりだったんですが……。もしよければ、どこが嫌だったのか教えていただけますか? このまま理由も分からずじゃ伊織さんにも申し訳ないので、ぜひ直したいです』
何度も読み直して書いた文面。果たして答えてくれるだろうかとどきどきしながら待つこと30分。返ってきたコメントに香織はさらに困惑を覚えてしまった。
『昨日私が送った絵に対するあるのんさんのコメントが、他の人から貰った時よりもつまらなそうだったので。本当は欲しくなかったんだなと思いました。無理させてごめんなさい』
つまらなそう、と言われ、香織はもう一度送ったコメントを読み直す。
『きゃー! 伊織さんありがとうございます! こんな可愛い○○の絵を描いていただけるなんて全然思っていなかったので凄く嬉しいですv この雰囲気がたまりません(*´ω`*)』
その後にはそのイラストについてのいいなと思ったところを褒める文章を続けている。香織としては目一杯喜びを示したつもりだし、褒めたつもりだ。何か誤解されている気がする、と香織は改めてコメントを送った。
『そんなことありません。私は本当にいただいたイラスト嬉しかったです。コメントも、私としては感謝と感激を表したつもりです。どこがつまらなそうだと感じたのですか?』
返事は5分と待たずに来る。ただ一言、「分からないのですか」と。少し苛つきを覚えた香織だが、それを無視し、「ごめんなさい、分からないので教えてください」と返した。
さらに5分ほど待って返ってきた返事に、香織は今度こそ言葉を失う。
『ハロリンさんたちとかから貰った時はもっとはしゃいでいるじゃないですか。態度が全然違うから、つまらないしいらないんだなと思ったんです』
伊織が比較に出したハロリンというのは香織の古いフォロワーのひとり――であり、香織のオフでの友人でもある。つまり、「古くからの親しい友人」という枠にある人物だ。そのことはお互い公言しているし、会話の中にも普通にそれを思わせる内容が含まれていた。その彼女とわめくような会話や少々荒い言葉で話すのは、言ってしまえば「普通のこと」。
一方の伊織は数日前に知り合ったばかりで、好感を抱いていてもまだまだ「親しい」とは言えない間柄だ。さらに本人がおとなしく丁寧な文面を書くタイプなため、香織も合わせておとなしい会話を行っている。本来の自分をいきなり出して「近付きすぎ」と言われても嫌だったので、適度に距離を取っていたのだ。
過ぎるほどに当たり前のこと。何故そんなことが理解出来ないのだろう。くらくらする頭を抑えながら香織はもう一度考えながらコメントを送った。
『ハロリンは私の古くからの友人でして、彼女へのノリは確かに伊織さんへ対するものと違うと思います。ですがそれはまだ伊織さんとお会いしたばかりでがつがつ行き過ぎるのも失礼かと思ったからです。決してつまらないとか思ったからではありません。私は本当にいただいたイラスト嬉しかったんですよ』
伝えたいことを繰り返し伝え、今度こそ少しでも理解してくれたら、と期待を込める。しかし、返ってきたのは無残な結果。
『そうですか、私は親しくありませんか。分かりましたもういいです。さようなら』
まさか、と思ってホーム画面に戻ると、フォロー・フォロワーがそれぞれ1人減っていた。伊織のページに直接向かっても、「ブロックされているため見られません」の文字。
「……意味分かんない。何、それ」
心に訪れた重苦しい感情に負け、香織はぽつりと嘆きを呟き、自身も彼女をブロックする。
それから数日後。同じくブロックされたハロリンと、気付かれなかったのかブロックされなかった共通のフォロワーである別の友人と実際に会った際に、伊織の話を友人から聞いた。曰く、散々に文句を言ってから別のフォロワー相手に擦り寄るようになり、今はその擦り寄られた相手が困っている様子を見せているらしい。
彼女は何一つ学習する気がないのだな。香織は呆れと不快を込めてため息をつく。思い出したのは、いつかの授業で教わった「ヤマアラシのジレンマ」。お互いの針が邪魔をするヤマアラシは、お互いを傷つけない適度な距離を見つけようとする。同じように、人も相手との心理的な距離を測ることに苦労することがある、ということを示した言葉らしい。
そうだとするなら、彼女は近付きすぎたヤマアラシ。不用意に近付いてきて、香織が当たり前のように構えていた「控える」という針にぶつかり、「攻撃された」と攻撃し返してきた。
もう二度と関わらないだろうし、関わりたくない。だが彼女の残していった針は、まだしばらく香織の胸に刺さって、重い感情を注ぎ続けてくるだろう。
〜あとがき〜
近年SNSの普及で昔よりもはるかに「知らない人」とつながりやすくなりました。
私もサイトを始めてから創作仲間を増やしたのはほとんどSNSなので活用してますが、簡単になった反面、こんな風に距離のとり方に失敗してしまう人も見受けられます(私が大丈夫かどうかは私のフォロワーさんの判断次第なので何とも言えませんが;)
ネットを挟んで顔を見えないからつい忘れがちですが、向き合っているのも人なわけですし、交流するときはお互いの「針」で傷付け合わないように気をつけたいと思います。
あ、ちなみにこういう話を書くと誤解されがちですが、特にこういう出来事があったわけではありません。何となく思ったので書きました。
2015/02/26
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