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<『それはある日の不思議な話』>

     3

 

「よぉマスター、来たぜー!」

「通行禁止になってたけどもういいのかー?」

「おっじゃまー」

「飯飯ー」

「やっほマスター」

 

 ぞろぞろと入ってきたのは揃いも揃って通常の私の生活では考えられないような者たちばかりだ。

 

 先頭に立っているのは体長2メートルをゆうに超えていそうな両足で立つ大柄な獅子だ。ライオンそのものが二足歩行しているというよりは縦横厚みが物凄い人の身体に獅子頭がついているような感じだろうか。とはいっても、全身は毛に包まれているようだが。

 

 続けて入ってきたのは顔中どころか全身が傷だらけで髪を撫でつけサングラスをかけている男性だ。スマートに見えるが服の上からでもがっしりとしているのが分かる。一見すると怖いが浮かべている笑顔はひどく明るい。

 

 その隣に立っているのは綺麗な金色の髪をした少女だ。16、17くらいだろうか、童話のお姫様のような可愛らしい容姿をしており、笑うと花が咲くように空気が華やぐ。

 

 その後ろからは真っ赤な髪を逆立てた少年が入ってくる。活発そうな雰囲気であり、ぴょんぴょんと跳ねるように歩いている様は何とも楽しそうだ。

 

 最後に入ってきたのは私よりは年上そうな女性だ。ふっくらとした体つきで笑顔がとても明るい。大学時代友人たちと旅行に行った時に泊まった宿の女将さんを思い出す。

 

 しかしその誰もが全身を重装・軽装の鎧に包み、背中や腰には大小の剣や槍、弓などが担がれていた。本物だったら銃刀法違反どころではない。さすがにコスプレだとは思えず固まった首を必死に回して樹雨さんに目を向ける。

 

 その視線の先で、彼は額に手を当て頭痛に耐えるような雰囲気をかもし出している。こめかみがぴくりぴくりと動いていた。

 

「……おちび。この世界の方がいる時は5番から先のスイッチはオンにしたら駄目だといつも言っていたはずですが?」

 

 樹雨さんの問いかけにノーチェちゃんはこくりと頷く。

 

「うむ。だがこの者は我輩をすぐにホビットの姫と認めたではないか。つまり我々のような存在も認められる者なのであろう? であれば“じょーれんさん“を無下に扱うこともなかろう」

 

 自信満々に答えるノーチェちゃんは、「さあ褒めろ」と言わんばかりに樹雨さんにきらきらとした目を向けた。ああノーチェちゃん、駄目駄目。

 

 声に出したかったが、それより早く樹雨さんの細いが男らしい手がノーチェちゃんの頭を鷲掴みにする。そして、まるで孫悟空の(きん)箍圏(こけん)のようにノーチェちゃんの頭を締め付けた。

 

「こ・の・ば・か・む・す・め・は……!」

「んにゃああああああ!!」

 

 悲鳴を上げて手足をばたつかせるノーチェちゃんを助けなくてはと思うものの樹雨さんの迫力に圧され口はぱくぱくと空回り手も空を掴んで止まってしまう。

 

「がはははははっ、何だまたノーチェ嬢ちゃんが何かしたんか」

「この兄ちゃんがいるからじゃねぇか? 俺らが空想の存在だ〜って世界の人間だろ、匂いがそうだ」

「ちょっと! 女の人でしょこの人。ごめんなさいね、こいつ馬鹿だから」

 

 先ほど入ってきたばかりの客たちが私を取り囲むように席についた。これだけガラガラなのに当然のように相席されて私は驚きにいっそう言葉をなくす。この店ではこれが普通なのだろうか。

 

「あ、あの、ここは……?」

 

 何とか搾り出して隣に座った女将さんのような女性に尋ねると、女性はにこりと朗らかに笑った。

 

「ああ、やっぱり知らない世界の人なんだね。ここは世界の境界にある店『リンデ』。あっちの兄ちゃんがここのマスターの樹雨で、怒られてるおちびはどっかの世界のホビット族のお姫様のノーチェ。あたしらはグロウズ島で冒険者をしてる者でね。こんな感じに色んな世界から人が立ち寄れるのがこの店なんだよ」

 

 大変大雑把な説明をされ、私は「はぁ」といまいち理解しきれずに返事をする。それを見て取ったのか、女性や周りの面々が次々に補足をしてくれた。

 

 まず、この店が『何』なのかは彼らにも明確には分からないのだということ。ただ、彼らの世界ではこの店に来る方法が知られているらしく、彼らはよくこの店に来るのだという。

 

 次に、ノーチェちゃんが彼女の言葉通りホビット族のお姫様であるということ。「どっかの世界」と言っただけあって彼らとは違う世界の、らしいが。まだ8歳で、口は達者だが甘えたなのだという。可愛らしいことだ。

 

 そして樹雨さん。まだ23歳という私とぴったり一回り違う若々しい青年がこの店の主だという。見た目は優しげだが怒らせると別世界の将軍だとかも投げ飛ばして追い出すほどのことをするらしい。怒らせないようにしよう。最近の若者がキレると怖いのは万国……全ての世界共通なのだろうか。

 

「うわああああん、そ、そなた我輩を助けよおお」

 

 ノーチェちゃんがようやく樹雨さんの手を逃れて泣きながら私の元へやってきた。他のメンバーの方が顔見知りなのに行かないのは恐らく引き渡される可能性があるからなのだろう。あの大柄の獅子頭さんも逆らえないと言ったほどの人物だ。

 

 私はノーチェちゃんを抱き上げると、甥や姪にするように膝の上に乗せて背中を慰めるように叩く。

 

「よしよし、いい子だねノーチェちゃん。泣かないでねー」

 

 赤ん坊をあやすような声を出していると、しゃくりあげる声は徐々に収まっていった。その様子を周りにいる冒険者たちが「おお」と感心の声を上げる。そんなに大したことじゃないんだけど、と私は微苦笑をこぼした。

 

「こほん。お見苦しい所をお見せしました。……それにしても、お客様は動じないですね。以前のお客様は大変取り乱してしまって大変だったのですが」

 

 樹雨さんが驚いたようにそう言うと、その事態に覚えがある冒険者たちは「ああ、あいつか」とからかうような笑い声を放つ。そりゃあ、普通の、本当に常識的な一般人には彼らは刺激的過ぎるだろう。だが私はそれとはちょっと違う。

 

「私ゲームのシナリオ担当なんですよ。ファンタジーとか子供の頃からの憧れだったし、こうして目の前に出来てむしろ嬉しいくらいです」

 

 さすがに諸手を挙げて大騒ぎする気力はないが。

 

 私が恥ずかしそうに笑ってそういうと、真っ赤な髪の少年が「シナリオ?」と訊き返してきたので簡単に「お話を作る人だよ」と教えてあげた。すると、少年は、それどころか冒険者たちはこぞって身を乗り出してくる。

 

「何だ作家先生かよ! なあ姉ちゃん、俺のこと話にしてくれよ」

「いやいや、こんなおっさんより俺の方が波乱万丈だぜ。聞かせてやるよ、俺のこの傷が出来た経緯」

「私私! 先生、私の方が華やかでしょ? 私の話書いてよ!」

「何言ってんだって、主人公はやっぱ俺みたいな燃えてる男だろ! 先生、俺だよな?」

「やーだねこいつら。ねえ先生、あたしみたいなのの冒険譚でも楽しいもんだよ。聞いてみないかい?」

 

 自分を自分を、とせがんでくる彼らに圧倒されていると、樹雨さんがくすくすと笑いながら「自分の歴史を残すことが彼ら冒険者の名誉なんだ」と教えてくれた。

 

 そうなのか、と思いつつ、私はその後全員の話を聞いた。私が本当に全く動じないことを見て、樹雨さんは切っていたスイッチとやらを全てオンにしたため徐々に店には人が集まりだし、私はたくさんの人の話を聞くことになった。かつてないほどの騒がしさに、活気に、驚き、圧倒され、それでも楽しくて、私は落ち着きとは皆無の時間を過ごしたのだ。

 

 

 

 

 ふと目を開けると、私はあの公園の噴水の縁に座っていた。辺りはすっかり暗くなっており、周りには誰もいない。電灯があちこちに設置されているので明かり面では問題なかったが。

 

 夢から覚めたばかりのような脱力感に軽く頭が揺れる。私は深く息を吸い込み、そして吐き出す。

 

 周りを見渡せば見慣れないけど見慣れた現実が広がっていた。夢だったのだろうか、と思ったその瞬間、私は手の中の包みに気が付く。透明のビニール袋に入ったそれは、サービスだ、と言って樹雨さんがくれたクッキーだった。結局あの後飲み会のようになってしまって食べられずにいたら樹雨さんがお土産にと持たせてくれたのだ。

 

 思い出して、私はくすりと笑った。誰が信じるだろう。誰も信じないだろう。こんな漫画やゲームのような不思議体験。

 

 私は立ち上がり、歩き出す。今度は螺旋階段ではなく直線の坂を上がっていく。のぼりだからかは分からないが、降りる時の緩い傾斜とは違う辛さがあるそれを上りきると、ちょうど、東の空と対面した。

 

 空と地の境界線から顔を出し始める太陽が世界を照らし出す。

 

 私はもう一度深く息を吸い込み、朝に変わり始めている空気を体中に行き渡させた。

 

「――――よし、やるぞ」

 

 気合を入れて家に向かって歩き出す。誰も信じないだろう不思議な体験。けれど確かに出会った、別の世界で懸命に生きる彼らの物語。私に出来るのは、彼らが望むとおり、彼らを『残す』ことだけだろう。

 

 

 

 

 実体験を参考にして書いたシナリオはその後反響を呼び、「名作」として世に名を響かせることになる。その土産話を持って再びあの境界の店に私が訪れるのは、それからまた随分経ってのことだった。

 



2012/10/08




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