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 ホァン レイが彼をはじめて認識したのは高校一年生の時だ。後輩たちに求められるまま怪談を披露していた際、ひとりの女子生徒が怖すぎて泣きながら飛び出してしまった。慌てて追いかけた先で、彼女は伸ばした髪で顔が隠れている男子生徒にレイが話した内容をおおまかに伝えていた。それに対し、彼はひとつひとつ現実的な補足をしていく。やがて話が終わる頃には、女子生徒は「もう大丈夫」と苦笑していた。その様を見たレイは少ししょんぼりとしてしまう。レイが愛してやまないオカルトを否定する者は少なくない。それを悪いとは思わないし、責める気はないのだが、真っ向からの否定はやはり悲しい。
(でもあの子笑ってくれたから、よかったかな〜)
 大事なキョンシー人形に頬ずりして、レイはそう納得したのだった。
 それから数週間後のこと。新しいオカルト本が入ったと聞きレイは即座に図書館に訪れる。だが目的の本は見つからない。本の位置を全て把握していると噂の司書を探す手間を惜しんだレイは、近くで本を整理していた図書委員に声をかけた。
「すみませーん、新しく入ったっていうオカルト本どこか分かりますかー?」
 ジャージを身につけ、横髪と前髪でハーフアップを作っている図書委員はその声に振り向く。そうして真正面で向き合った時、レイははじめてその人物が男子だと気付いた。気にさせては悪いから、と、あえてその驚きは笑顔の下に隠す。
「最近のですか? それだったら入り口近くの新刊コーナーにあったはずですけど……よければ一緒に行きますか?」
 新刊コーナー、の単語にレイが疑問符を飛ばしたことに気づいたのか、図書委員が誘いかけてくれた。ぱぁっと笑顔を咲かせたレイが「ぜひ」と答えると、彼は僅かに表情を緩める。不機嫌そうだな、と思っていたが、もしかしてこれがデフォルトなのかもしれない。
 図書委員に引き連れられて入り口近くまで引き返すと、入り口から向かって右側に確かに新刊コーナーが設置されていた。この辺りなど笑顔でスルーしていたな、とレイは真新しい記憶を掘り返し微苦笑を浮かべる。
「オカルトはこの辺りですかね」
「うわあああ、いっぱい入ってるぅぅぅ!」
 十冊以上が並ぶ棚を見るや否や満面の笑みを浮かべて興奮するレイを、図書委員は慌てて留め、口元に指を一本立てた。しーっ、と動作で示され、レイは照れた笑みを浮かべて頭を掻く。
「先輩はオカルト好きなんですね」
 どうやら後輩だったらしい。そんなことを気付きつつ、レイは「うん」と元気よく頷いた。
「だってオカルトには夢もロマンも神秘も冒険もせつなさも怖さも楽しさも全部詰まってるんだよ! たとえばUFOとかなら――」
 棚の本を手にとってはそれに関する知識を惜しまず披露していく。近くを通った生徒たちが怪訝な目で見ていく中、レイは嬉々として言葉を続け、それらに図書委員はうんうんと頷いて聞いていた。並んでいる本の分だけ知識を語りきると、レイは満足げに息を吐く。
「あー、こんなに話したのいつぶりかなー。聞いてくれてありがとー。君もオカルト好きなの?」
 キョンシー人形を差し向けつつ希望を込めて問いかけると、図書委員は少しの間を空け「人並みですかね」と答えた。
「そうなんだね。でもこんなにちゃんと聞いてくれる人少ないから嬉しかったよ。本当にありがとね! あっ、ごめん!」
 にこにこしたままキョンシー人形の手で図書委員の頭を撫でると、まとめていた髪がひと房ぱさりと彼の顔に落ちる。しまった、と慌ててレイが謝るが、図書委員は「大丈夫」と言って髪を解いた。その途端、レイは「あ」と思わず声を上げてしまう。髪で隠れた顔を見て、ようやく気付いた。彼は、「彼」だ。あの日レイの怪談を否定していた彼だ。
(あ、あれー? オカルト嫌いなんじゃないのかな……?)
 気付かず散々オカルト論を語ってしまってしまった。内心ではらはらしていると、髪を縛り直した図書委員は「大丈夫ですか?」と気遣ってくる。
「う、うん、大丈夫――あ、そうか」
 ぽん、と手を叩き合わせ、レイは納得した。本当はオカルトが好きなのか嫌いなのかは分からないが、少なくとも、好きな人間にも嫌いな人間にも合わせられる。彼はそういう人物なのだ、と。
「あの、先輩……?」
 図書委員が心配そうに再び呼びかけてきた。レイはにこっと笑いかける。
「ボクは高1のホァン レイっていうんだけど、図書委員さん、名前は?」
 それがレイと、沖島 陽介の出会いであった。

 そして2年後。
「ようクン〜、ごめんね、かなサン宥めてあげて〜」
「レイ先輩、またですか? あ、とりあえずそこどいてください。竹刀注意報出てます」
 そんなやり取りが、彼らの普通になる。

                                了


あとがき

2016年のゆあせさんのお誕生日用に書いたお話です。
誕生日要素など気にしたら負けです((
ゆあせさんのところのレイ君とうちの陽介の「影咲学園交遊録」上での出会い編(なおコミティアおみやげ話のれーかさん宅ベスティア君同様、若槻が勝手に設定した)です。
陽介はお化けとか非現実的なものを現実で置き換えるホラークラッシャーな性格してるのですが、そういうのが好きだと言っている人の前では極力控えています。レイ君は作中出るとおりのオカルト好きですので、とにかくここのフォローをしなくては! という思いから今回の形になりました。
という、自分の都合に即したものですが、楽しく書かせていただきました!

それではゆあせさん、お誕生日おめでとうございます!
(※このお話はゆあせさんのみ保存・別所掲載可です)

2016/02/11