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第5話 「騒乱の火種」
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 日が中天に掲げられる時分、野外稽古場で隊長4人は無様に転がされていた。唯一その場で立っているのは刃が丸められた大剣を肩に担いで涼しい顔をしている先代ハート・ラムダ。息ひとつ切らせていない老練の騎士は打ち身だらけになっている若い隊長たちを見回す。
「……大丈夫か?」
「は、はい……」
「……なんとか」
「大丈夫ですわぁ……」
「くそ、この化け物親父……っ!」
 エルマの憎まれ口にそれはひどい言われようだと淡々と対応するラムダに、他3人はエルマの言い分に内心で賛同した。
 いつからかほぼ恒例になっている20日に1度の4対1の対戦は、あな情けなしかな、いまだ勝利を得られぬままだ。しかし負け惜しみではないがこの男本当に強い。いくら歴戦の勇士とはいえ現隊長の4人を同時に相手取りながら息も切らさぬなどたいした化け物ぶりだとしか言えない。
「……俺が強いのではない。お前たちが弱いんだ」
 もしもこの言葉を発したのがクレイドならばまだ救いはあった。彼ならまた嫌味かと多少なりにはダメージも減らせられる。しかし相手はラムダ。彼が言うのならばそうなのだろう。お世辞もおべっかも謙遜も言わない彼が言うならば。単純な、しかし重い一言にやり込められてしまった4人はぐっと黙り込む。
「……武器を使いこなせていない。最低でも2年持っているのに、遅すぎる」
 そこへ珍しくラムダが言葉を続けた。いつもなら終わったらそのまま去ってしまう彼がとどまり言葉を授けてくれる。どんなにわけの分からない言葉でもそれは嬉しいことらしい。ティナたちは身を起こし地面に膝を付いたままラムダを見上げた。
「なぁ、クレイドのおっさんも言ってたけどよ、使いこなせてないって何? 戦えるかどうかってことじゃないの?」
 エルマが問うと、ラムダは視線を動かしティナとアズハを見て、再びエルマに視線を戻す。
「辿り着けば分かる。……お前はまず、その意気を忘れるな」
「は? あ、うん」
 きっと理解しにくいことを言われるだろうとは思っていたがここまで来ると「しにくい」を通り越して「出来ない」だ。エルマの周囲の空気から伝わってくる思いに気付いていないのか無視しているのか、ラムダは視線をイユに移す。
「朝言われたとおりだ。余計なことは考えずにそのままでいろ」
「は、はあ……? 分かりましたわ」
 困惑しているイユからも早々に視線を外して今度はアズハを見る。憧憬の視線と真正面から対峙してもラムダは動じない。
「………………忘れろ。こだわるな。思い切れ」
「………………? ? いや、は、はい!」
 単語を3つ並べられただけではさすがに15の時から17年その背中を追ってきたアズハにも理解できなかったらしい。頭を抱える後継者からもさっさと視線を外しラムダは最後に残ったティナを見る。視線が交わると、先の3人の時よりも長い沈黙が訪れた。ティナが恐縮と緊張にカチコチになった頃、ラムダはようやく口を開く。
「……原点に返って思い出せ」
「……。えっと、はい」
 しかし言われたのはやはりわけの分からない言葉だった。これらをそのまま受け取り「わけ分からん」と放り出すのは簡単だ。だがそれをするにはラムダの過去の功績はあまりに輝かしすぎる。過去このようにラムダはわけの分からない言葉を何度となくティナたちに授けてきた。最初こそやはり何のことか分からないが、何かしらの壁につき当たるとそれが実体を持って授けられた者が助かるための手がかりとなってきた。つまり、危機に直面してラムダの言葉が的を射ているとはじめて分かるのだ。だから、今回もきっとそうなのだろう。
 そう納得して4人が顔を上げると、ラムダはすでにそこにいなかった。あれだけの存在感を誇りながら相変わらず空気のように消えていく先代ハートに皆一様に言葉をなくす。
「……さて、オレは団員の稽古状況を見てこなければならんし、先に上がらせてもらう」
 汗を拭いながらアズハはふらつく足取りで立ち上がり歩き出した。その根性や見事。仲間3人はその巨体を見上げ感嘆のため息をつく。いずれ当代ハートも、先代のような化け物になるのではないかと思えた。



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