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第5話 「騒乱の火種」
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「大丈夫かー?」
 仰向けに転がされていたハイネルの視界に最初に姿を見せたのは黒い返り血を全身に浴びたエルマだった。凄絶なその様に思わず悲鳴を上げてしまって、ハイネルはすぐに後悔する。しかしエルマは気を悪くした様子も見せずに快活に笑った。その笑顔があまりに幼かったからか、ハイネルは気負いなくほっと肩の力を抜く。
「大丈夫そうだな。安心した」
「ありがとうございます。ご心配かけて申し訳ないです」
「んー、ご心配もあるけど、護衛やっててけが人出したらティナたちに怒られっからさー」
 半分本気。半分は照れ隠し。いつもならその微笑ましさに相好を崩しているだろうハイネルは、しかしこの時は笑えなかった。申し訳なかったのだ。魔者の特性を知りながらそれを忘れて彼らの仕事を増やしたのは他ならぬハイネル自身。これが他の地域なら怪我をしたところで責任はハイネルにしか回ってこないだろう。が、ここではそうは行かない。
 ここはトランプ騎士団領。魔者と戦い人々を守ることを生業とする人々が集まる場所なのだ。そんなところで魔者の攻撃による怪我をしたら責任は近くにいた者に回る。自分の軽率さをハイネルは呪いたくなった。
「――なぁ、魔者って人の黒い面から生まれんだろ?」
 腕を掴まれ引き起こされる。すらりと無駄な筋肉の付いていないまだ少年とも言えるクラブの腕は、5つ年下の者のそれとは思えないほど引き締まっていた。
「だから好物もそーゆー黒い面から生じる感情なんだと。気付いてなかったと思うけどさ、あんたの周りすっごい魔者集まってたよ。他に見向きもしないで全員来てたんだ。……オレが何言いたいか分かる?」
 顔を覗き込む仕草をするとエルマの前髪がその瑠璃色の双眸を薄く覆う。より深みを帯びたそれに見据えられ、ハイネルは肩を落として頷いた。
「……すみません、ご迷惑をおかけした上に気絶までしてしまって。なんとお詫びしたらいいか――」
 ハイネルが眉根を寄せて今にも泣き出しそうな顔をすると、少しも間を空けずにその両頬を強く抓られる。子供が受ける仕置きのようなそれは本当に痛くて、ハイネルは涙をこぼしてしまった。
「ばっっかじゃねーのあんた。オレが言ってるのはグダグダ悩むなってこと。ご迷惑なんてかけちゃねーんだよ別に。あんたらみたいなの守るのが仕事なんだからさーオレら」
 不機嫌な声で訂正しつつエルマは黒くかすれて血がついたままの手でハイネル頬を伝った涙を拭う。鼻に届く鉄の匂いに、ハイネルはまた涙をこぼした。それは次々とあふれていく。エルマはもう、何もしないし何も言わなかった。



【"アレ"はいい。アレはいい餌になる――】
 木々のざわめきに隠れてひそやかに囁ささやかれた言葉。発する主もまた、影に抱いだかれ姿は見えない。しかし勘のよい者ならば感じるだろう。溢れんばかりのこの殺気を。この悪意を。
 今はまだ気付かれていない騒乱の火種は、騎士たちの懐で確実に成長している。火がつくのは、そう遠くない未来のことだ。



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