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第4話 「私はティナ」 5
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 本日の予定を頭の中で反芻しながらアズハは中央団舎に向かって歩いていた。本来は1日の予定を立てて管理するのは大隊長スペードの仕事なのだが、経験不足を否めないティナに任せるのは心許ないために今はアズハが代任している。そろそろ中央団舎も近くなった頃、どこからか騒々しい足音が聞こえてきた。何事かと立ち止まると、まるで見計らったように足音の主が横から突進してくる。さすがのアズハもいきなりの衝撃によろけるが、すぐに体勢を立て直し、逆に倒れかけた突撃者を支えた。そしてその人物を確認し多少の驚きを露にする。
「ホーツ殿? どうかなされましたか?」
 何か問題でもあったのかと心配したアズハの問いにハイネルは答えない。しかし、アズハは眉をひそめた。彼を支えていた腕に雫が数滴落ちてきたのだ。
「ホーツ殿……ティナが、何か――?」 
 苦い声で問いかける。ティナだという絶対の確信はない。もしかしたらという程度の思いだった。が、どうやら当たりらしい。ビクリとハイネルの体が震える。
「……すみませ、僕もう――……っ!!」
 言うや否やアズハの手から逃れるように再び駆け出すハイネル。苦い顔つきでそれを見送ったアズハは、直後、顔を引きつらせて前に倒れるように踏み込むと手にしていた茜日を後ろに振り抜く。何かを斬り裂いた。飛び散る黒い雫。しかしそこに何かが倒れる気配はない。逃げられた。それと悟ると、アズハは悔しそうに地面を蹴り下ろす。
「くそっ、"これ"が使えればこんなことには――っ!!」
 強く握り締めたのは茜日。刃の先から滴る黒い雫が地面を染めていく。周囲に立ち込めるのは、すでに嗅ぎ慣れてしまった血の匂い。アズハは早急に解決しなければいけないことが増えたことに素直に困憊を覚えた。


 

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