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<『創霊の紡ぎ歌』 Before Story>

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 付き合ってやる義理はないが、このまましつこくついて来られても面倒だと判断して、リーゼロッテは改めて彼と向き合う。

「魔力の制限をする方法。なるべく効果があって、かつ簡単なスイッチのオンオフくらいは自分で出来る奴」

 短文で答えると、ジーンは何かに気付いたのか「ああ」と呟いた。粗雑なくせに勘はいいのだ、この男。

「ロニーにか」

 ジーンが唱えたのは、リーゼロッテの弟の名前だ。

 愛称ロニーことロナルド・アベーユ。幼い頃より魔力に恵まれた彼は、その全てが身体強化の魔法に回ってしまった。そのため非常に強靭な肉体と、ヒトとは思えない身体能力、機械のような腕力等々を身につけている。

 それ自体はプラスの面しかないのだが、度が過ぎれば薬すら毒になる。彼にとっての毒は、その強すぎる魔力であった。

 天然魔装と言われるほど自然に身体強化を身にまとう彼の力は、意図せずに人を、物を、壊す。最近は慣れて来たのか少なくなってきたが、それでもまだ完全になくなったわけではないのだ。そのたびに悲しむロナルドを見るのがいたたまれなかった。それがリーゼロッテがこの場所に足を運んだ理由である。

「……そうよ。もういい? あたし時間そんなにないのよ」
「俺んちの書庫からその系統持ってきてやろうか?」

 あっさり指摘されたことへの気恥ずかしさと腹立たしさが相まって身を翻そうとしたその瞬間、ジーンの声がリーゼロッテの足を止めた。

 思わず振り返れば返ってくるのはひっかかったと馬鹿にする目――――ではなく、興味なさげなままの視線だ。

 ジーン・T・アップルヤード。それが彼のフルネームであり、アップルヤードはエスピリトゥ・テレノ随一の知識の一族である。王都の南西の端の一角を丸々所有するアップルヤードの地下図書館はこの世界で公私含め最多の”知識”を納めている。公共の図書館には仕入れられないような高価な本や貴重な資料など、その内容は計り知れない。

 そこならあるかもしれない、と心が揺れる。そして揺れた心を、リーゼロッテは素直に傾けた。

「お願い」

 はっきりと、きっぱりと、言い切るリーゼロッテ。その眼差しの強さに、ジーンは肩を竦めるとくるりと背を向ける。

「御代は後でもらうぜ」

 ひらりと手を振りながらそれだけ言い残し、ジーンはそこから去っていった。後に残ったリーゼロッテは何を要求されるかと少しだけ心配しつつも、何とかなるのではないかという期待に頬を緩ませる。


――――――――☆――――――――☆――――――――☆――――――――


 図書館の外に出たジーンを待っていたのは付き人の少年、フィオンが首の後ろでまとめた銀色の髪を揺らしながら近付いて来た。

「お疲れ様ですジーン様。……楽しそうですね、何かありましたか?」

 フィオンの見上げる先にあるのは唇を引き伸ばした主の顔。指摘されてはじめて気付いたのか口元に手を当てたジーンは、止めることはせず、むしろよりはっきりと笑みを刻む。

「いや、あの軍医、弟のことになると相変わらずだなと思ってな」
「軍医? ああ、リーゼさんですか……って、ちょっ、喧嘩してないでしょうね。やめてくださいよ僕この図書館に誤りに来るの嫌ですからね。司書のおばさ――――女性の方怖いんですから」

 ジーンとリーゼロッテの仲の悪さをよく知っているフィオンはいつもの尻拭いを思って嫌そうな顔をして主に不平をぶつける。

「してねぇよ。本貸す約束しただけだ」

 ことの流れを簡単に説明するジーンに、フィオンは安堵したように「そうですか」と返して笑った。

 そして、心の中で呟く。このふたりは本当によく似ている、と。

 一見正反対に見えるが、意思が強く、自分の信じた道を突き進む所などそっくりだ。そして何よりも、弟妹への思い。

 ジーンは上に兄がふたり、妹がひとりいる。兄たちとの折り合いはよくないが、妹は素直に可愛がっている。その辺り、弟を可愛がるリーゼロッテとはそっくりだ。恐らく彼がわざわざ本の貸し出しを言い出したのもロナルドを思うリーゼロッテに共感したからだろう。

 もっとも、主がそれを素直に認めないことを分かっているフィオンは何も言わない。言って不機嫌になられると困るので。

「おい帰るぞ」
「あ、待ってくださいよジーン様」

 さっさと歩き出した歩幅の広い主をフィオンは慌てて追いかけた。





 後日、約束通り本を持ってきたジーンとリーゼロッテが”御代”のことで大喧嘩を起こすのだが、それはまた別のお話である。








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