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「ん? 何だ、朝から無駄にめかしこんできたな」
「おはよーおかえりー、みんな可愛いね!」
「ホントだ。皆さん可愛らしいですね」
 着替えを終えてリビングに戻ると、サラダの乗った皿を運んでいる客人男性陣3人にまず迎えられる。
「うるさい狂犬。ロニーとフィオン君はありがとう」
 じろりとジーンを睨んでから、リーゼロッテは弟たちに素の笑顔を向けた。ジーンの指摘通りこれから家で朝食を食べるにしては髪どころか化粧も服もばっちり準備しすぎた自覚はあるが、喜んでいる少女たちに水を差す行為は許しがたい。とはいえ、喧嘩などしたら朝からアドルフに注意されるのは目に見えているので、耐えてひと睨みで済ませた。基本的に誰とでも仲良くなれるリーゼロッテが唯一と言っていいほど折り合いが悪い相手であるジーンに対して、これはかなり譲歩した形である。――のだが、この男素直に引きはしない。
「ボニトとユーニスはともかく、お前はそういうの似合わねぇんじゃないか?」
 ニヤニヤしながら喧嘩を売りにかかるジーン。彼からしてもリーゼロッテは折り合いが悪い相手ではあるが、そんな相手ばかりのジーンにとっては大した問題ではないらしい。昨日から穏やかな時間の中に大人しく身を置いていたが、そろそろ騒動が恋しくなったと推測される狂犬にリーゼロッテは不愉快そうな視線を向けた。
 今リーゼロッテが着ているのは茶色を基調としたパッチワークワンピースで、布地が多く全体的に落ち着いた印象がある。髪は緩めのみつあみにして首の脇から前に垂らしているので、全体的にどこか牧歌的な雰囲気だった。これらはユーニスやボニトも同じで、ユーニスは濃いめの青が基調、ボニトはピンクにも見える赤が基調となっている。以前マーシャも含め4人でお揃いで買ったものだ。
 リーゼロッテが普段自ら好んで着るのはもっとシンプルなデザインが多いので、自分にこのような可愛らしいデザインが似合わないのは百も承知だった。だが、これはボニト達が選んでくれたもの。それを貶されるのは我慢ならない。不穏な空気がふたりの間に流れ、ロナルドとフィオンが慌てる。だが、誰よりも早くに動いた人物がジーンに近付いたことで場に満ちていた不穏も焦りも霧散した。
「あらお兄さま、わたくしが選んだ衣装に何かご不満でも?」
 淑女然とした笑顔で詰め寄る妹に、ジーンは肩を竦める。
「いや、実際こういのはこいつには似合わねぇだ」
「お・に・い・さ・ま?」
 ろ、と続くはずの言葉は、浮かべられた笑顔とどこからか取り出されユーニスの手に握られている傘によって飲み込まざるを得なくなった。
「……分かった、分かったから傘しまえ。どっから出したんだ……」
 すっかり気がそがれたのか、ジーンはゆるゆると両手を挙げて力なくため息を吐く。誰の意にも染まらぬと悪評高い狂犬がこうしてすぐに大人しくなる相手は、世界広しといえど彼女だけではないか。感心した少年2人は自然と拍手をしていた。
 話が収まったとあって、リーゼロッテもまた疲れたように溜息を吐きだす。その彼女のスカートの腰の辺りを、静かに場を見守っていたボニトが引いた。どうしたの? と優しい声音で問いながらリーゼロッテがしゃがみ込むと、ルットを抱っこしたままのボニトは自信満々な笑顔を浮かべる。
「あのね、そのお洋服リーゼちゃんにとっても似合ってるんだよ。リーゼちゃんきれーだけど今は可愛いから大丈夫だからね。ジーン君照れ屋さんだから悪いこと言っちゃうだけだから」
 そんな評価初めて聞いた。正面のリーゼロッテだけではなく聴こえていたジーン本人含めた全員が呆気に取られる。そんな空気の中でも、ボニトの自信は揺るがない。それに引かれるように、意外性はやがて消え自然と笑いが込み上げてきた。リーゼロッテは目前のボニトを両腕で抱きしめる。
「ふっ、ふふ、あはは、そっか。そっかー。ボニトが言うならあたし可愛いのね! じゃあ自信持っちゃお」
「持っていいよー」
 解決したと思ったのか、ボニトは同じようにリーゼロッテを抱きしめ満足そうだ。
「お話終わったかなー? それじゃあそろそろご飯にしようか。可愛くておしゃれさんのお姫さまたちもお手伝いしてくれた王子さま達も席についてー」
「おかわりもいっぱいありますからねー」
 話が収まるのを(あるいは収めるタイミングを)見計らっていたミスカ夫妻が残りの料理を持ってリビングにやってくる。それぞれが返事をして席に着く中、子供用の小さな椅子に自ら座ったボニトは、膝の上に置いた小さな友達にこそりと声をかけた。
「お姫さまと王子さまだって。今度はジーン君たちの分のお洋服もそろえて、みんなでパーティしたいね」
「したいね、したいね」
 ボニトに合わせて小さく答えるルット。その返答ににこりと微笑み、ボニトは幸せな表情のまま前を向く。揃えられた食事の前に皆が笑顔で並んでいる。なんて、嬉しくて、楽しくて、幸せな光景だろう。きっとこの時間はずっと変わらないのだ。確信して、ボニトの笑みはさらに深くなった。そんな彼女の様子に、集まった一同も釣られるように微笑む。永遠のような幸せな時間を、当たり前に受け取って。




 その年、エスピリトゥ・ムンドに未曽有の侵略が起こることを、幸せの時間が崩壊することを、この時の彼らは知らなかった――。



あとがき


リクエストボックスに去年……去年(大事なことなので2回言った)きりちゃんよりリクエストいただきましたお題「ボニト」でした。
お題をいただいてからまさかのまるっと1年経っている事態に驚愕が隠せませんが、とりあえず無事に終わってよかったと思います。

ボニトは両親の遺伝と教育と周りの環境のおかげで相当マイペースで怖いもの知らずです。彼女にしてみれば「壊し屋」と言われる ロニーも「狂犬」と言われるジーンも等しく「お友達」になってしまいます。なので、特にジーンの職場の方の知り合いがもしボニトと やり取りしているところを見たら相当びっくりするでしょう……(笑)
(なおジーンがボニトに優しいのはユーニスで「小さい女の子には優しく」を学び、ミスカ夫妻に家族のように接してもらっているからが 前提にあり、さらにボニト自身の上記した怖じない性格を面白がっているからです)

では、きりちゃんお題ありがとうございました! そして遅くなってごめんなさい…m(_ _;)m