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好の部屋に着き中に入ると、今度は別の問題にチャーリーは頭を悩ませた。
「好、いいかげん放せ」
「やーでーすー」
ベッドに腰を下ろさせたものの、好は頑固な酔っ払いのようにチャーリーの首を放そうとしない。そのため中腰を余儀なくされたチャーリーはこの5分間ずっとこの体勢だ。いつもなら好の方が力があるため不可能な力ずくも今なら可能であるが、それをやると余計面倒なことになるので選択肢には昇らない。
「いてくださいよぉ……」
もはや半べそ状態の好は幼い子供のような懇願をしてくる。ああ、これは完全にあの状態≠ノ入ってしまっている。チャーリーはため息をつき好の髪を乱暴にかき混ぜた。
「風呂に入ったらもう一度戻ってくるから、お前も風呂に入っていろ。そんな汗まみれのまま寝るつもりか? ほら、約束するから、放せ」
掴んでくる腕を軽く叩くと、好は沈黙し、もう少し待つと今度はおずおずと手を放してくる。
「……嘘ついたら私が行っちゃいますから。鍵かけたら扉壊しちゃいますから」
「その場合は一時管理権限持っているんだから壊すんじゃなくて空けて入って来い」
呆れたように軽口を返してから、チャーリーはもう一度好の頭を撫でて部屋を出て行った。
暗い廊下を、近くにある自分の部屋に向かって歩き出す。
「……謝が出かけるから来るかと思っていたが、本当に来たな。2年ぶりくらいか」
好は普段明るく社交的で、確かにブラコンだが謝がいなくては何も出来ない、という類の娘ではない。だが時々、本当に極たまに、謝がいない時に情緒不安定になり行動が極端になる。たとえばふらりといなくなったり、たとえば時間を忘れて体を動かし倒れたり、たとえば幼児返りをしてしまったり。その反応は実に様々だ。
幼い頃か続くそれに、同じく幼い頃から付き合ってきたのはいつもチャーリーだった。謝の次に一緒にいる時間の多かったチャーリーは、気がつくと彼女を探すのが上手くなり、彼女もチャーリーには謝に対するほど遠慮しないためこの関係は今も続いている。
今日はどれくらいで落ち着いてくれるか。徹夜を視野に入れつつ、チャーリーは自室へを入っていった。
シャワーを終わらせてすぐに廊下に出ると、ちょうど向かおうとした先から好が歩いてくる。濡れた髪をそのままにパジャマで歩いている姿はまるで夢遊病の患者のようだ。
「行くと言っただろう、ほら戻れ」
チャーリーが近付き肩に手をかけると、好はじっとその顔を見つめたかと思うと今度は胸に顔を埋めるように抱きついてきた。しかしチャーリーは即行でそれを引き剥がし予定通り好を部屋に押し戻す。「風邪を引いたらどうする」と怒りながら心配するのが実に彼らしい。
部屋に入ると、チャーリーはすぐに好の髪を乾かしにかかった。静かな部屋にドライヤーの音が響く間はチャーリーも好も何も言わず、それが止まると、チャーリーは好をベッドに転がし布団に包んだ。
「寝ろ」
短く言うと机の椅子をベッドの近くに引き寄せ、部屋の明かりを消してから改めてそこに腰を下ろした。
「おふとんはいらないんですか? かぜひいちゃいますよ?」
言葉はいつもよりも緩く拙い。チャーリーはすでに椅子の上で腕を組んで目を瞑っている。
「年頃の娘と同衾なんて出来るか」
「なにもしませんよぉ」
「それは本来男の台詞だ。いいから寝ろ」
「じゃあチャーリーさんも」
「かけ布だけ貰う。寝ろ」
「…………じゃあおてて」
闇に慣れた目が、不満そうに頬を膨らませる好のシルエットを捉えた。布がかすれる音と共に手が伸びてきたのを見て、チャーリーはそれをとり握り締める。
「これでいいな? もう寝ろ。俺もこれ以上は喋らないからな」
「……はぁい」
言葉通り一枚かけ布を貰い、チャーリーはそれで背中から身を包んで座り直した。その間も好はチャーリーの手を放さない。
それから好は言いつけ通り言葉を発せず、それでも縋るようにチャーリーの手を両手で掴んで額や頬に当てていた。彼女が完全に眠りに落ちたのはそれから30分ほど後のこと。出て行こうにもがっちりと手を掴まれているチャーリーは動くに動けず、結局その夜は好の部屋で明かすこととなってしまう。
翌朝、いつも通りに戻った好に平謝りされることになるのだが、それはまた別のお話である。
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