笑顔
「随分悲しい顔で笑うね」
体育の時間、見学の子の隣に座った瞬間に言われた台詞に、俺は思わず言葉を失って彼の方を見てしまった。
今正に口にした言葉にこれ以上の興味などないと言うように、彼はこちらに視線は向けない。ただいつも通りのだるそうな視線をバスケに興じる同級生たちに向けるだけ。
どうしてこんなことを言われたんだったか。俺は少し戸惑いながら記憶を手繰り直してみる。
彼はクラスメイトの大野君だ。いつもぼんやりとした目付きでマイペースな態度を崩さない授業中の居眠り常習犯。この間数学の時間に先生が投げたチョークが額にクリーンヒットした時はクラス中が笑いに包まれた。
普段からあまりやる気がないらしく、体育は先生に引っ張り出されない限りずっと見学している。今日は、先生がいないために最初から壁際で見学していた。
俺は普通に授業は受ける方だけど、今日はさっきボールが顔面にぶつかったから見学に回された。……というのが表向き。
彼と違ってやる気はあるけど、正直俺は勉強も運動もいまいちだ。特に運動は、こういう球技系が壊滅的にひどい。俺が入るチームは必ず負けるという漫画にありがちなジンクスまでしっかりある。そのため、いつも俺は各チームに押し付け合い。幸いなのは、クラスメイトたちが優しいためそれを表面上に出さないことだろうか。どうでもいい時はやらせてくれるし、勝ちたい時は優しく、遠まわしに、抜けてくれと言ってくれる。
そんな彼らの優しさが分かるから、俺は黙って、笑って、引き下がる。
「…………」
ああ、これか。この笑顔が、彼に”悲しい”と言わせた原因だ。
判明すると俺は彼に向けたままだった視線を前に戻し、ずるずると情けなく壁にもたれかかり半分ほど横になった状態になる。それと同時にクラスメイトの女子が冷やしたタオルを持ってきてくれたのでそれを受け取り赤くなっている鼻に当てた。冷たさが心地よく、同時になんとも情けない気分になってくる。
そのまましばらく、会話もなしに俺も大野君もバスケの試合の見物客となった。バスケ部が各チームにいるためか、体育の時間のお遊びとは思えないほど白熱している。隣のコートでは女子がバトミントンをしているが、こちらもほわほわやっている組と本気で打ち合っている組がいて楽しそうだ。
そんな中、俺たちだけがどこか異質だった。
「……大野君」
声をかける。大野君は長い前髪に隠れがちな目を俺に向ける。
「なーにー?」
間延びした喋り方は彼独特の空気を纏っていて、俺はすんなり言葉を続けられた。
「俺さ、そんなに顔に出てた?」
先ほど、ボールが顔に当たった後、チームの人から「休んでていいよ」と言われた俺は笑ってそれを受け入れた。優しさと、嬉しさのにじんだそれがどこか胸に引っかかったけど、それを口に出すことなどないと、俺は笑って引き下がったのだ。
彼が口にしたのは、きっとそれ。
「んー? ……?」
大野君は不思議そうに首を傾げる。何を聞かれているか分からない、と言いたげな様子に、俺は先ほど彼が言ったことをそのまま返してみた。そうすると、彼は思い出したように数度頷く。
「んーん、別に。何となくそう思っただけだし」
思えてしまうのが問題なのでは、と、俺は言いたかった言葉を飲み込み「そっか」と返した。
そうしてまた会話が止まる。
しばらくの沈黙の後、次に喋りだしたのもまた俺だった。