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笑顔
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「…………大野君みたいな生き方出来たら、俺ももっとちゃんと笑えるのかな?」

 でもそれは、口に出すつもりのなかった言葉。心の中で、呟くだけのつもりだったのに、気が付けば喉を通り舌を滑り唇から飛び出した。サァッと血の気が引くのを感じる。何をアホなことを言っているのだろうか自分は。完全に固まっていると、大野君は前を向いたまま口を動かした。

「さあ?」

 単調な返答は投げやりだがどこまでもいつも通りの彼の口調と声音だったため、俺はほっと息を吐いた。そこで終わると思っていたら言葉がさらに続く。

「だって僕君じゃないしー、君も僕じゃないしー。僕はこの生き方好きだから幸せだけどー、多分君、僕と違う人種だよね。だらだら過ごせない人でしょー?」

 事実。ダラダラ過ごしていると段々焦ってくるタイプだ。

「その時点でもう合ってないと思うよー」

 言い終わると大あくびをして、大野君はまた興味なさそうにバスケに目を向ける。俺は一度だけその横顔を眺めてから、同じようにバスケの試合に目を向けた。それからはもう、何も喋らなかった。




 授業終了の鐘が鳴る。4限目の授業だったせいか男子の方は中々はけない。片付けるものも少ないし、参加してなかったメンバーがちらほらと帰っていくので、それに合わせて俺も戻ることにした。立ち上がってからちらりと視線を横に流す。いつの間にか大野君は寝ていたらしい。俯いて微動だにしなかった。このまま放っておいて昼食を食い損なわせるのも可哀想だろう。俺は彼の肩をゆすって声をかける。

「大野君、授業終わったよ」

 授業が終わった、は、彼にとって目覚めの呪文なのだろうか。いつも彼を起こそうと頑張っている人たちは何なのかと言いたくなるほど彼はあっさり目を開けて立ち上がり、ぼんやりと礼を言うとそのまま歩き出す。

 どうやら先ほどのことは気にしないでくれているらしい。こういう時彼の性格はありがたかった。

「ああそうだ」

 何か思い出したように大野君が振り返る。眠そうな目が、やっぱり興味なさげに俺に向かってきた。

「僕も偉そうなこと言えないけどさー、人の生き方なんてそれぞれでいいと思うよ。そんで、その中で素直に笑いたいならとりあえず自分の好きなことすればー? 僕は傍目で見るくらいしか君のこと知らないけどー、遠慮ばっかりってつまんなくない?」

 そこまで言うと、大野君はまた歩き出す。引き止められなかった。彼のおなかがとても大きく鳴いたから。……全然動いてないのに……。


 少しの間だけ彼を見送ってから、俺も更衣室に向かって歩き出す。彼の言ったことが頭の中でくるくる回っていた。



 彼ほど自由に生きる自信はないし、あそこまで自由になりたいとは思っていない。

 ”自分の好きなことしないで遠慮している”が間違っているとは思えない。というか、大切なことだと思う。

 だけど、だけど少しだけ、胸が痛い。耳が痛い。頭が痛い。



「……今日、もし誰かにパン交換してって言われたらごめんねって言ってみようかな」

 時々だけど、購買で食べたいものを買えなかった人から交換してと言われることがある。滅多にないから、決意表明には合わないかもしれないけど、今の俺にはちょうどいいと思う。ほんの少し、些細なことから、ちょっとだけ、遠慮を抜いてみよう。


 そしたら"悲しい"なんて言われないかどうか、俺もちゃんと楽しく笑えるのかどうか、確かめるために。


★ あとがき ★


書き出しの台詞が思い浮かんだのでささっと書いてみました。

2012/06/15


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