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 風の吹く世界であればどこであろうとつながれる小さな異世界がある。その地にそびえる巨大な白亜の宮――風吹く宮――には、宮の管理スタッフや住民たちが暮らしている。そしてこの宮には時折、自らの意思で、または偶然、異世界の客人が訪れる。

 この日、宮の外で周囲を遠望していた赤い蛙のフードがついた服を着た少年とその隣に立つ裾が長い緑のノースリーブコートを風に揺らす少女も、そんな珍しい客人を待っていた。

「ロニー君来たー?」

 黒に近い青色の前髪を軽く上げるように、少女――アルバ・エスペランサ――は、自身の目の上に両手を当てながら隣に立つ少年に声をかける。外に出てきてから何度目か知れない質問だが、問われた少年――ロナルド・アベーユ(愛称ロニー)――は呆れた様子も見せず頭1つ分以上背の違うアルバに目を向け首を振った。

「んーん、まだみたい。迷っちゃったかなぁ?」

 心配そうにロナルドが言うと、アルバも同じく不安そうな顔をする。

「そうなのかなぁ。お迎え行った方がいいかな?」

「うーん、でも僕たちもあんまり外に続く道に詳しいわけじゃないし、行き違っちゃっても困るし……」

「そっか、そうだよね……」

 しょんぼりと2人は肩を落とした。この宮に人が訪ねてくることは初めてではないが、彼らを訪ねてくる者はこれが初めてである。そのため、数日前から周りが笑いをこぼすほど彼らは今日をずっと楽しみにしていた。約束の時間から3分ほど経過しただけでこんなにも気落ちしているのはそれゆえだ。

「んー……あっ!」

 再度遠くを見やったロナルドが突然大きな声を出す。嬉しそうな響きのそれに、アルバは笑顔を彼に向けた。

「来た?」

「うんっ、おーい!」

 ロナルドとアルバが揃って大きく両手を振ると、やってきた待ち人たちは大きく、または小さく手を振り替えしてくれる。先頭に立つのは片手で大きく手を振り替えしてくれているピンク色の長髪を大きなみつあみにしている少女、その隣には控えめに手を振り返すオレンジの長髪をした長身の青年がおり、彼女たちの後ろには茶色い髪の青年と金髪の少女がいた。

 アルバの目でも一行の顔が見えるほどの位置まで近付いてくると、ロナルドとアルバは顔を見合わせ笑いあい、来客たちの元へ走り寄る。

「こんにちはスズさん! いらっしゃい」

 ロナルドが満面の笑みで迎えると、スズと呼ばれたオレンジ髪の青年は軽く微笑み返した。顔に残る傷が少し厳めしい印象を与えるが、こうして笑みを作ると優しげな雰囲気が漂い、彼とはじめて顔を合わせるアルバも自然と笑顔になる。

「……こんにちは、ロナルド君。お邪魔、します」

 ぺこりと頭を下げるスズにもう一度笑い返すと、ロナルドは他の面々にも目を向けた。

「えっと、皆さんははじめまして。僕、ロナルド・アベーユです。よければロニーって呼んでください。こっちはアルバ・エスペランサちゃんです」

「はじめまして、いらっしゃいませ!」

 アルバが元気よく挨拶すると、正面にいたピンク色の髪の少女がすっとその手を取り、きりりと引き締まった笑顔を浮かべる。

「はじめましてアルバ嬢、レリーナと申します。お会い出来て光栄ですよ。あ、もちろんロニー君も。スズと仲良くなってくれてありがとな」

 アルバの手を握りながら、少女――レリーナはロナルドにもう一方の手を差し出した。ロナルドは笑顔と共にその手を握り返す。

「こちらこそ! ところで、レリーナさんって、あのレリーナさん? スズさんの相方さんの?」

 少し驚いた調子でロナルドが尋ねるので、アルバは何故そんなに驚いているのだろうと首を傾げた。ここ・風吹く宮でもだが、アルバやロナルドたちが元々暮らしている世界にも女性が戦うことに抵抗がある風習はない。

 不思議がっているアルバの前で、2人の手を放したレリーナは歯を見せて快活に笑った。

「おう、俺がレリーナだ。ははっ、スズに何て聞いてんだ? おいスズ、変なこと言ってねーだろうな〜?」

 からかうような笑みをロナルドに、そしてスズに向けるレリーナ。スズは「変なことは言っていない」と緩く頭を振る。

「あっ、別に変なことは聞いてないよ。でも、女の子の格好してるんだって聞いてたけど、こんなに本当の女の子みたいだとは思ってなかったんだ。ごめんね」

 慌てて弁明し、ロナルドは低い位置にあるレリーナの顔を窺うように見た。レリーナは「褒め言葉として受け取っておくぜ」とニヒルな笑みを浮かべて胸を張る。

 そのやり取りに驚いた様子を見せたのはアルバだ。

「え? え? ロ、ロニー君どういうこと?」

 眼前の会話の意味が把握しきれず、アルバはロナルドの服を引いた。困惑した様子の彼女に、ロナルドはあっけらかんと言ってのける。

「んとねー、レリーナさんって男の人なんだって。あ、2人とも年は僕たちよりも2つ上だよ。それで、言ったかもしれないけど2人で組んで戦ったりとかしてるんだって」

「いや、ロニー君喋るのは全然構わないんだけど、もうちょっと丁寧に言ってあげた方がよくないか? ほら、アルバ嬢固まって――お?」

 さらりと説明を終わらせて別のことを話しだすロナルドに苦笑したレリーナがアルバを向き直ろうとすると、それより早く頬を何かでつつかれた。目線を向けると自分の頬には細い指が当てられているのが目に入る。その主は――目を輝かせたアルバだった。

「アルバじょ――」

「凄い! こんなに可愛いのに男の子なんですか? うわぁ、凄いなぁ」

 指が増え、ぷにぷにと頬を触られたレリーナは目をぱちくりさせ、次いで笑い出す。

「あはははは、アルバ嬢も結構ユニークだなぁ。なんなら髪も触ってみます?」

「いいんですか? 髪も綺麗だなと思ってたんです。触りたい!」

 言下遠慮なくアルバはレリーナの髪に触りだした。頬を触る方が普通戸惑うものではないだろうかとレリーナはまた噴き出す。

「……楽しそうね」

「そうだなぁ」

 そんな彼らの様子を見て起伏が少なく、しかしどこか満足そうに金髪の少女が呟くと、隣の茶髪の青年も笑って応えた。楽しく話している子供たちの邪魔をしないようにと控えめにされた会話であったが、天然魔装と呼ばれるほど自然に身体強化を使っているロナルドの耳にはしっかりとその声が届く。そしてその時になりようやく後ろの2人を置いてけぼりにして会話していたことを思い出し、少し慌てて彼らに頭を下げなおした。

「あ、放っておいてごめんなさい。えっと、お兄さんたちは?」

 問いかけると、まず青年が笑い返し自分の胸に手を当てる。

「気にしなくていいよ。オレはシャードで、こっちはカーシェだ」

「よろしく……可愛いわね、それ」

 手を向けられた隣の少女――カーシェはロナルドの蛙フードをじっと見つめていた。ロナルドも獣のそれとなっているカーシェの左腕が気になったが、一部が獣化している人間を見たことがないわけではない。深くは触れないことにし、素直に褒められた嬉しさを表情に浮かべる。

「ありがとう、姉ちゃんが特注で作ってくれたんだ!」

 にこにこと笑顔を見せるロナルドに、シャードもまた微笑ましさを覚えて頬を緩めた。

「へぇ、お姉さんが。それは大事なものだね。……だから涎を拭こうかカーシェ」

 ぽん、とシャードは引きつった顔でカーシェの肩を叩く。普通の人の手をしている右手で口元を拭うことで平然とそれに応えたカーシェは、「嫌ね」と肩を竦めた。

「この蛙をどうこうしようって言うんじゃないわ。……ただ大きなご飯っていいわねって思っただけよ」

「不穏に聞こえるのはオレが疲れてるからかね?」

 カーシェのペースがゆっくりしているというのに、カーシェとシャードの会話はテンポよく進んでいる。感心しているロナルドはその話題の発端が自分であることに気付いていない。

「ロニー君、こんな所で立ち話もなんだし、宮に入ってもらわない?」

 レリーナの髪や肌を十二分に堪能したのか、今はスズの髪を触っているアルバがそう提案する。「それもそうだ」と納得したロナルドは全員を見渡した。

「それじゃ、みんな宮に移動しよう。こっち」

 少しだけ大きな声で宣言すると、ロナルドは踵を返し歩き出し、その後にずっと見上げてくるので斜め上の気遣いを見せアルバを抱え上げたスズ、レリーナが続き、さらに後ろにカーシェとシャードがついてくる。

 


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