数時間後、森の入り口付近では満足そうに歩くジーン、カーシェ、シャードの姿があった。
「しっかし、お前ら結構強いなぁ。カーシェはこれ食い終わったら遊ぶとして、シャードもやっぱり遊べよ」
ロープで熊を引きずるジーンが嬉々として誘いかけると、カーシェを挟んだ逆隣にいる、同じくロープで熊を引きずっているシャードはさっと目をそらす。
「だから遠慮しておくって。オレも死にたくない。というか、ジーン君。オレの方が年上だってさっき判明しなかったか?」
今度は視線を向けるが、ジーンはあっけらかんと「知らん」と笑って見せた。シャードの言う通り、森で熊を探している最中の雑談で、シャードの方が3つほどジーンより年上だという事実が明らかになっている。ちなみに、カーシェはジーンと同い年のようだ。少女のような見た目なので気付かなかったとジーンは声にだして笑っていた。
「細けぇこと言ってるとハゲるぜ。なぁカーシェ?」
「…………」
からかいの同意を求めると、否定するでも同意するでもなく無言が返される。しかしジーンは怒るどころか噴き出した。ただ無視しているのではなく、熊を丸々一頭担いでいるカーシェは大量ぶりに気分が高揚しており最早食べることにしか頭がいっていないのだ。最初は分からなかったが、シャードに言われて納得したジーンはむしろ面白がるように何度も声をかけている。
「お前の女変わってんな」
「……はは、そうかもね」
ジーンが面白がるように言うと、シャードは苦笑で返した。二人の青年の視線を注がれるが、前ばかり見るカーシェはそれに気付いていない様子である。
宮に帰るとまず、ジーンたちは最初にいた庭園に向かった。声をかける前に気付いたのはレリーナと、彼と会話していたリーゼロッテだ。
「あら、お帰りなさい。凄く大量ですね、シャードさん、カーシェさん」
ジーンのことは華麗に無視し、リーゼロッテは手土産となった熊を見て笑って目を丸くする。カーシェの呼び方が変わったのは、彼女もレリーナとの雑談の中でカーシェが年上だと知ったためである。
「ジーンさんもお疲れっす。何か取ってきた熊はベティーナおばさんが調理してくれるって張り切ってましたよ」
代わりにレリーナがジーンに声をかけた。ベティーナおばさんとはこの風吹く宮の厨房管理人の女性、ベティーナ・ミルトンのことである。レリーナとしては女性に「おばさん」などとつけるのはポリシーに反するものなのだが、先程お菓子の追加に自ら来たベティーナに「そう呼んどくれ」と言われたのでその通りにしていた。
レリーナからベティーナの名が出たのを聞いたジーンは「へぇ」と嬉しそうに笑う。遊んで食べて寝てと本能の赴くままに行動することが多いジーンにとって食事は重要な要素であり、その意味ではベティーナは風吹く宮で暮らす際欠かすことの出来ない存在だ。
「そりゃいいな。ベティーナの飯は美味いぞ。……で」
さらに上機嫌になったジーンが目を向けたのは、彼らが帰ってきたことに気付いていないのかずっと真剣に何かを見ているスズ、アルバ、ロナルドの3人だ。
「あいつらは何してんだ?」
問えば、レリーナは「あー」と乾いた声を漏らす。
「スズのお気に入りの絵本に見入っちまってて……少し前まで会話してたんですけど、読み始めたらあの調子なんすよ」
17歳のスズが絵本にはまっているのも人からすれば異様だろうが、15歳の2人も同じようにはまっている光景は、レリーナにはもはや笑う他なかった。その一方で、ジーンとリーゼロッテは「まぁそうだろうな」と納得している。ロナルドもアルバもそれぞれの事情で子供っぽさが抜けていない。特にアルバは出会った時に生活のための動作すら忘れるほどの記憶喪失を起こしていた。学び方は5歳の子供のそれとそう変わらないだろう。
「あ、いたいた。ジーンさーん、お客様方ー、熊の引き取りに来ましたー」
ジーンたちが入ってきた側とは逆の入り口の付近から声がかけられる。手を振っているのはオレンジ色の長髪を揺らした少女で、リーゼロッテがこの宮のスタッフの一人である風 好だと教えてくれた。
アシスタンツたちと共にやってきた好は、ジーン、カーシェ、シャードから熊を引き取り、準備が整い次第また呼びに来ると告げて再び庭園を後にする。人数が来ていたため、彼女たちがいなくなると一気に周囲が静かになった。
その中、かちゃり、と金属が擦れる音がする。視線が集められたのは剣に手を当てたジーンだ。
「――さ、飯の準備が出来るまで遊ぼうぜカーシェ」
青灰の獣の目が輝くと、カーシェは慌てず騒がず応じ――ずに首を振る。そして一言。
「お菓子食べるのが先よ」
きっぱりと真面目な顔で言い切られ、これは自分が話振られる流れかとシャードが及び腰で警戒を示す。しかし、ぽかんとしたジーンはすぐに声に出して笑い出し、剣から手を放した。
「はははははっ、そうだな、とりあえず適当に腹入れとくか」
納得したらしい彼がシャードの二の腕を掴んでテーブルに向かうと、頷いたカーシェもその後に続く。
「……いやー、リーゼ先生も結構苦労してますね」
「ホントにね……」
職業が医師だと分かってから「先生」に変わった呼び方をそのまま受け入れ、リーゼロッテは額に手を当て息を吐く。
ジーンとカーシェが約束通り遊び=A熊とその他の料理が整えられた歓迎パーティが開かれたのはそれから数時間後のことであった。