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 喧嘩の原因は何だっただろうか。いつも通りに話していて、いつも通りにやり取りして、いつも通り言い合いをして。それが何故か殴り合いに発展し、家にいたくないと取る物もとりあえず飛び出した。その結果蒼薙 瑞樹が訪れた先は、姉の副担任である西本 青雲の家。泊めて欲しいなら取って来い、と言われたガチャガチャのレアもちゃんと持参した。もちろん瑞樹もそれが冗談だったとは分かってはいたが、ないよりあった方が手土産としてはいいと思ったのだ。レアなのに一回で当たった、と言った時の青雲の真顔は少々驚いたが。
 何はともあれ、瑞樹は現在青雲の自宅でまったりしている。親には青雲から連絡してくれたらしい。教師な上に姉の副担。母からの信頼は十分で、申し訳なさそうにしていたが特に問題なくOKしてくれたそうだ。あんな変わり者でも教師は教師、ということのようだ。
(しっかし広い……)
 トイレに行った帰り、姉と違い怖がりではない瑞樹は廊下の電気を点けないで歩いていた。暗闇に慣れた目できょろきょろと廊下と各部屋を眺める。百人が百人認める豪邸ではないが、瑞樹には十分立派な家に思えた。元々は青雲の祖母の家だそうだが、それを継いだと今日本屋で話していた時に聞いている。
(親御さんとか別のトコなのかなー――ん?)
 とある部屋の前を横切った時、視界の端に光が見えた。半分開いた障子の向こうを見た瑞樹は、正面に仏壇があることに気が付く。光の正体は燃えかけの線香の火のようだ。そういえば夕飯前に青雲がどこかに消えていた。そんなことを思い出しながら瑞樹はそっと中に入る。入るべきではない。分かっていた。けれど、瑞樹は足を動かさずにはいられない。視線が捉えたまま放さないのは、仏壇に飾られた写真。ひとりは強い眼差しの老年の女性。けれど瑞樹が目を奪われているのはもう一枚の方。そちらには、柔らかくも儚げな笑顔を浮かべた若い女性が映っている。
「……先生に、似てる……?」
 明かりを点けるのが憚られたため、瑞樹はぐっと写真に顔を近付けた。そう、遠巻きでもよく分かるほど、この女性は青雲によく似ている。彼女が誰か、瑞樹は嫌な予感がして立ち上がろうとした。すると、その途端に部屋の電気が点けられる。目を焼く明るさに思わず両瞼を強く閉じると、背後から笑い混じりの声がかけられた。
「遅いと思ったらこんな所にいたのか。俺に似てるんじゃなくて俺が似てんの」
 どさりと隣に人が座った気配がする。まだ痛む目をそろそろと開けると、そこにはいつも通りの無表情そうで表情豊かな青雲が胡坐をかいていた。
「俺の母親」
 その一言を契機に青雲は彼の過去を掻い摘んで語りだす。きっと色々なことは伏せられているだろう。だが少なくとも瑞樹には、交通事故で彼の母が亡くなったこと、そしてその原因となってしまったことを彼が悔いていること。その二点を教えてもらえただけでも十分だった。
「喧嘩は別にいいと思うぞ。でも、あんま長引かせんなよ。万が一の時、思い出に後悔ばっかり残るからな」
 教師として人として、青雲が伝えてくれたこの一言を、素直に聞く気になるには。鼻を啜った瑞樹の頭を、青雲は笑いながらガシガシと撫でてくる。恥ずかしいとは思ったが、今はその手が、不思議なほどに心地よかった。

                                了


あとがき

コミティア114のお土産として作成した話です。

対象者       : 碧無ちゃん
お借りしたキャラ : 瑞樹君

うちの青雲(影咲企画、「魔法にかけてツンデレラ」他日常作品)との交流話。

内容は「影咲学園交遊録」1巻の漫画とリンクしています。瑞樹君は第1巻の小説の騒ぎより前にこういうことがあったのでああいう反応をしたのです。(あからさまな購入誘導)


2015/11/15