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 最近、やけにふわふわした感情が心に居座っている。『あの人』の近くでよく起こっている気がしたけれど、美々にはそれが一体何なのか分からなかった。近くに行かなければいいのかと思って遠巻きにすると今度は急にそわそわしてしまう。だから、結局そばに行く。その繰り返し。それは二人になると余計に強くなるようだから、二人にはならないようにいつも彼方といた。……なのに。
「あれ、八重だけか?」
 頭にタオルを巻き、生徒のジャージを着て、スポーツバッグを背負って現れたのは『その人』。いつもの分厚い眼鏡をコンタクトに変えた西本 青雲。彼が教師だと言ってすぐ信じてくれる人は一体何人いるだろうか。
「うんー、かなた数学の小テストで二点取って先生怒らせちゃったのぉ」
「あー、そういえば職員室で飯島先生が『絶対理解させる』って燃えてたなぁ」
 納得を示すと青雲はうんうんと頷く。ある意味いつものことのはずなのに、今日の美々は親友に心で恨み言を吐いてしまった。本当は今日、近くにあるケーキ屋の学生専用イベントに行くはずだったのだ。甘党の青雲を誘ったのは彼方。時々こうして生徒に扮して遊びに行くのを知って声をかけた。
 今回は中止か、と美々は取り出したポッキーを齧る。こんなに落ち込むほど甘いもの好きだったかな、自分で自分が不思議に思えた。
「ま、クッキーでも土産に買ってやればいいか。行くぞ八重」
「え」
 行くのぉ? と問えば、早くも歩き出していた青雲は軽く振り返る。その目はいつもより格段に輝いていた。
「二日間限定で今日最終日だぞ。今日行かんでどうする」
 あ、いつも通りだ。ほっとしたような、どこか悔しいような。そんな複雑な感情が美々の中に顔を出す。けれど青雲に返したのは同じくいつも通りの笑み。
「そうだねぇ。実はかなたにもお土産頼まれてたのぉ」
「そうだろうそうだろう。あそこは絶品だからな」
 再び歩き出した青雲の後を美々は小走りで追いかけ、隣に追いつくと歩調を緩めた。その後は雑談をしながら目的地まで同じ歩調で歩き続ける。同じ歩調で。普段歩くのが早い青雲が、今はゆっくりと美々に合わせていた。それが何だかくすぐったくて、美々はずっと笑顔を浮かべている。
 そんな時、ふと美々は『あのこと』を青雲に相談してみようと思った。訊けば、何か分かるかもしれない、と。
「ねぇにっしー先生ぇ、そばにいたいのに、そばにいると落ち着かなくて、でもそばにいないともっと落ち着かないって何でだと思うぅ?」
 視線を美々によこした青雲は首を傾げる。なぞなぞか? と問われたのに首を振ると、今度は何か真剣に考えるように顎に手を当て遠くを見た。先生の顔だ、と思って見ていると、青雲は再び視線を美々に向ける。
「多分あれじゃね? その相手を自分の内側に入れたいけど、本当に入れていいのか迷ってますって奴。誰が相手か知らんけど、悪いもんじゃねぇしそのままでもいいんじゃないか? 見極められれば自然と無くなるだろ」
 そのままでもいい。その言葉を鸚鵡返しすると、美々はじっと青雲を見上げる。浮かべられている笑顔はきっと後押し。――相手が自分とも知らずに。でも、そう言うならそうしよう。美々はにこりと笑みを返した。
「そうだねぇ。そうするぅ」
 この時美々が放置することを選んだ芽が花開くのはそれから二年後。安定しない感情が「恋」だと自覚することになることを、今は美々も青雲も知らない。
                                了


あとがき

コミティア114のお土産として作成した話です。

対象者       : シギノさん
お借りしたキャラ : 美々ちゃん

うちの青雲(影咲企画、「魔法にかけてツンデレラ」他日常作品)との交流話。

「影咲学園交遊録」1巻の小説――の後のシギノさんの「美々の初恋はにっしー先生でいいかもしれない」発言からテンション上がった結果です。(やっぱり購入を促す)


2015/11/15