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 つまらなそうな顔した奴だな。二十三回目の中学三年一組の教室で、ベスティアが抱いた感想はそんなものだった。視線の先にいるのは顔が隠れるほど長くなった髪の男子生徒。時々誰かが話しかけるが、それは二言三言で終わってしまう。嫌われている、というより、その男子生徒が壁を作っているように見えた。ベスティアはちょいちょいと先ほどの男子生徒に声をかけていた別の男子生徒を手招きする。彼はどうやら三―一の主と噂されるベスティアに戸惑っているようだが、素直にやって来た。毎年のことなので態度には気にせず、ベスティアは先ほどの男子生徒を指差す。
「あいつ誰?」
 ベスティアの問いかけに、男子生徒は彼の名を答えた。沖島 陽介、と。
「……『陽介』ね」
 名前負けしてるな。そう思って終わったのが初日。人をからかうのが好きなベスティアだが、打っても響かない相手を相手にしようとは思わなかった。それは相手だけでなく自分も疲れるだけだから。
 そんな意識が早速変わったのはその翌日。いつも通り授業中の眠りについたベスティアは、次の休み時間に起こされる。
「次、移動教室ですよ」
 見上げた先にいたのは陽介だった。視線を巡らせると誰もいない。もう一度陽介を見上げると、髪で陰になった顔からは真っ直ぐな視線が落ちてきている。何の気なしにベスティアは手を伸ばし前髪を大雑把に持ち上げた。
「髪切れば? 貞子みたいだぞ」
「言いたいことは分かりますけど、例えが古いです」
 露になった顔のままでも陽介は真っ直ぐにベスティアを捉えている。どうやら人が怖いとか嫌だという類ではないようだ。こんなあっさり返して来る時点でその疑いは消えているわけだが。
 ベスティアはふらりと立ち上がると大きく伸びをした。そのままてくてくと歩き出すベスティアを陽介が追いかけ隣に並ぶ。教科書は、と訊いてくる彼に、返したのは眩しいほど爽やかな笑顔。
「俺次は高校の体育出るから無理」
 ――もっとも、言っていることは爽やかとは言いがたいが。陽介が「は?」と目をぱちくりさせている。無愛想は無愛想だが、意外に表情筋は生きているらしい。
「いや、駄目です。自分のコマ割で授業受けてください」
 落ち着きを取り戻した陽介が進行方向を塞いで来る。意外に怖いもの知らずの行動派らしい。この短時間で色々発見が続いていることを素直に喜ぶ反面、ベスティアはどうやって逃げ出したものかとポケットに手を入れて考え出した。その時、指先で触れたものに気付き、それを取り出す。深緑に黒のラインが入った布。ベスティアがしているバンダナの予備だ。何かと訝しむ陽介に、ベスティアはさっさとそれを装着した。前髪と横の髪が持ち上げられ、陽介の視界が一気に明るくなる。
「ちょっと、僕顔見せるのは――」
「俯くなよー、世界は明るいぞー……お?」
 お茶を濁そうとへらりと笑って告げたどこにでもあるポジティブな台詞。何が気に障ったのか、陽介は一気に嫌そうな顔になった。しかも、それを腕で隠すように逃げていく。見送ったベスティアはにやりと笑った。意外にからかいがいがあるかもしれない、と。
                                了


あとがき

コミティア114のお土産として作成した話です。

対象者       : れーかさん
お借りしたキャラ : ベスティア君

うちの陽介(影咲企画、「魔法にかけてツンデレラ」他日常作品)との交流話。

前2作と違って特に何もつながってないですが、あえて言うなら「影咲学園交遊録」2巻にちょっとつながっているかもです? 昔は髪が長かった陽介。


2015/11/15


2015/12/30 追記
れーかさんから挿絵をいただきました! ヤバイこの雰囲気いい!!