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 ラピスラズリは眼下の星を眺めてほぉと息を吐く。宙に住まい天体を観測する魔女である彼女。その不満はないし、この場にいることだって苦ではない。だが時々――本当に時々、無性に思うことがあった。今は丁度そう思ってしまう時。あの星にはあんなにもあんなにも多くの人がいるのに、自分はここで一人きり。言葉にはしたくない思いを、ラピスラズリは唾と共に飲み込む。
「――ここは……!? 」
 不意に背後から聞こえてきたのは驚愕混じりの男性の声。ありえるはずのない状況にラピスラズリも驚いて振り向いた。そこに立っていたのはラズベリー色の髪と目を持つ男性。四十か五十か、その辺りの年代だろう。
「あ、あなた誰……?」
 平静を保とうにも声が裏返る。男性も少し戸惑った様子だったが、深い呼吸の後再び瞼を空けた時にはすっかりと冷静さを取り戻しているようだった。
「突然失礼した。私は空間の魔女、ニーロ・リッドソンと言う。魔法で別大陸の知人の魔女の所まで行くつもりだったのだが、手違いで君の元に来てしまったらしい。騒がしくして大変申し訳ない」
 深々と頭を下げる男性――ニーロを、ラピスラズリはまじまじと見やる。魔女と言ったか、この人物は。ラピスラズリたちが呼ばれる名称と同じそれで、どう見ても男性である彼が呼ばれていると。戸惑っている内にニーロは顔を上げた。覚えず視線が合うと、彼はじっとラピスラズリを見つめてくる。好色なそれではないが、何か探るような眼差しに少しそわそわとした。そんな空気を変えるために、ラピスラズリは指を鳴らしてティーセットと机を出現させる。
「えっと、これも何かの縁だし、少しお茶していかない? ここまで来るのにも相当魔力使ったでしょ? 私、ラピスラズリよ。天体を観測する魔女」
 魔女、と名乗ると、ニーロもまた驚いた表情をした。
「天体を観測する……? やはり私の知る魔女とは違うようだ。是非お話させていただきたい。――確かに、魔力もごっそりと減っているしな」
 ラピスラズリに勧められるがまま、ニーロは彼女の向かいに腰を下ろす。それからふたりはそれぞれの知る、それぞれの呼称される魔女について話し始めた。ラピスラズリは真面目な性質だが、ニーロもそれは同様のようで、気になることは望む程度で答えを返してくれる。
 二度三度と、ティーポットが空になっては追加する、ということを繰り返していると、ついにその時はやって来た。
「魔力が回復したようだ。娘や弟子が心配しているだろうから、私はそろそろお暇させていただこう」
「あ。……ああ、そうね、うん」
 偶然の訪問者をこれ以上引き止めるわけにはいかない。もう一度指を鳴らし、ラピスラズリはティーセットやテーブルを片付ける。それとほぼ同時に、ニーロは空間の出入り口を出現させた。その向こうには緑が生い茂っている。
 再度謝罪と礼を口にして、ニーロは深々と頭を下げた。今度はラピスラズリもぺこりと頭を下げ、礼を言い返す。その彼女をニーロはじっと見据えた。
「……もしよければだが、次は娘と弟子も連れて来ていいだろうか? 私は一度つないだ場所ならそれほど魔力を使わずに来られる」
 突然の交渉に、ラピスラズリは一旦言葉を忘れる。次に発した声の大きさには恥ずかしくなった。だがもっと恥ずかしかったのは、後日やってきた彼の娘に「お父さん寂しがってる魔女の元へ、っていう大まかな指定して間違ってここ来たみたいですよ」とからかい混じりに囁かれたことだろう。
                                                     了




あとがき

コミティア114のお土産として作成した話です。

対象者       : 龍之進さん
お借りしたキャラ : ラピスラズリさん

うちのニーロ(「魔女は契約を継承す」)との交流話。

以前発行された「石の魔女」シリーズ第1巻(2巻を期待してるのでこの呼称で)で描かれていたラピスラズリさんがとっっってドストライクだったので書かせていただきました。
イラストのみだったのでキャラ合っているか心配だったのですが、幸いご本人様からは「違和感ない」と言っていただけました! ありがたや♪


2015/11/17


龍之進さんからイメージイラストをいただきました!
優しく柔らかな雰囲気が穏やかな2人っぽい感じで素敵ですね♪

2016/02/11(イラストいただいたのはもっと前)