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初訪問男性陣


「あー、やっぱりあんだけ説明されても未だに信じられんねーなぁ」
 用事が終わった室内から出た青年は、回廊の端に寄り腰の高さほどの壁に手をつく。上に向けられた真紅の瞳には明るい青空が広がっていた。そよそよと吹く心地よい風は絶えることがなく、腰すら軽く超える白金色の長髪を揺らし続けている。
「僕もですよ……はぁ、頭痛くなってきた……」
 金髪の青年に同意したのは扉のすぐ横でしゃがみ込んで深く項垂れている青みがかった黒髪の青年だ。隣では淡い茶色の長髪を女性が同じように力なくうなだれていた。そんな彼らにちらりと視線を向ける金髪の青年は「お前らほどひどくねぇよ」とひとりごちる。
「もーう、ヴォネガさんもみったんもしっかりしてよー。ここ来てからもう30分は経ってるよー?」
 そんな彼らを励ましているのは明るい笑顔の赤髪の女性だ。顔の横で大きなリボンを使って留めている長い髪は、やはりそよそよと揺れている。淡い茶髪の女性は青い顔を持ち上げ、赤髪の女性のややくすんだ赤色の双眸をじと目で睨みつけた。
「マリアンヌの精神力と一緒にしないでよ……! こんな状況すぐについて行ける方がおかしいんだからね」
 非難じみた言葉だが、向けられた女性――マリアンヌはけらけらと笑う。
「あたしほら、メンタル最強だから」
 星でも飛ばしそうなウインクに薄茶色の髪の女性は青藤色の双眸に諦めを映した。ああうん、この子はこういう子だわ……と心で唱えて納得する。
「エイミーさん、大丈夫ですか?」
「ありがとうリーナちゃん、大丈夫だよ」
 マリアンヌとは逆に気遣わしげな眼差しを向けてくるのは、白金の短髪と輝く紅玉の双眸の女性――リーナだ。淡い茶髪の女性ことエイミーは彼女の問いかけに務めて平静に笑い返した。他の同年以上の面々はともかく、年下の彼女にまで心配をかけるのは心苦しい。そんな常識と気遣いが勝った結果である。
「ヴォネガさん、あまり無理そうならどこかで休ませていただいてはどうですか?」
 明るい栗毛の青年が青黒の髪の青年の背を軽くさすった。友人として医師として、そんな勧めをするが、当人はまだ青い顔で笑って見せる。
「いえ、もう少し、もうちょっと頑張れば慣れます……!」
 随分無理やりな気もするが、本人がそれで、というなら栗毛の青年も一旦引くしかない。あまりにもひどいようなら無理にでも休ませよう、という内心の決意は忘れていないが。
「あ、やばいハーティ。もうお客さん出てきてる」
「はいはい……」
 不意に新しい声が聞こえてくる。慌てているのは少年の声、どこか嫌々そうな声は少女の声だ。一同の視線がそちらに集まると、回廊の向こうから小走りでスーツ姿の二人の少年少女が駆けて来た。
「すみません、先程フェランドさんが間違えて召喚しちゃった方たちですよね?」
 一同の前で立ち止まると、ベストまでしっかり着た少年が特に息切れした様子もなく問いかけてくる。それに答えたのは栗毛の青年だ。
「はい、私はロドリグ・エリオット。こちらから順に、レオン・ベルモンド、ルイス・ヴォネガ、マリアンヌ・ロダー、エイミー・ウィルソン、リーナ・ベルモンドです。もうひとりの者はパトリック・ジェラルディーン。彼は談話室でフェランドさんとラルム君と話しています」
 栗毛の青年改めロドリグが順に差したのは、金髪の青年、青黒髪の青年、赤髪の女性、淡茶髪の女性、金髪の女性。各々は少年が口にした「召喚」という単語にそれぞれの表情を浮かべていた。それは、その単語があまりにも自分たちの常識と駆け離れた単語であるから。
 おおよそ30分ほど前まで、一同はロドリグの家に集まり食事をしていた。そこに先程名前が出て、今はここにいない男性・パトリックが訪れてきた。異変が起きたのはその直後。普通に会話していたはずであったのに、突然パトリックの背後に黒い穴が現れたのだ。それに引きずられた結果、彼らは元々いた世界からこの地・風吹く宮に飛ばされてきた。
 原因は先程少年が口にした人物である。自称未来の大魔法使いのフェランド・ダヴィア。彼は同じ宮にいるはずの相手を召喚する予定であったのに、何をどう間違えたのか異世界人であるルイスたちを連れてきてしまったのだ。
 幸い、この世界は風が吹く場所であるならどこへでもつながれるという特性があり、異世界からの客人も多いため、送り返す技術は十分整っているのだという。とはいえ、ルイスたちの世界は異世界など娯楽小説の舞台程度にしか認識していない。認識していない世界を見つけ出し帰り道をつなぐのには時間がかかるのだそうだ。仕方ないので、それが見つかるまでは一同は待機することとなる。
 その結果、遣されたのが彼らであるはずだ。直前まで相手をしていてくれた外交官の少女が「案内人をお付けしますので」と言っていたから、恐らく間違いない。そんな予測の答えは、すぐに姿勢を正した少年少女から告げられた。
「遅れて申し訳ありません。おれはアラン・ミルトン。こっちは双子の姉のハーティ・ミルトンです。風吹く宮の案内人をしています」
 「双子?」という素っ頓狂な声が客人たちからほとんど同時に漏れる。だがそれも仕方ないことだろう。何せ、目の前にいる少年少女は確かに顔立ちは似ているが、飾る色彩がまるで違う。少女――ハーティの首元まである髪は金色で、少し演技臭い笑みを浮かべる双眸は青だ。対して少年・アランは少し癖がある髪は茶色をしており、目の色も同色をしている。
「二卵性なんでー、結構似てないんでーす。でも、兄姉の誰かとは同じ色してますんで血はちゃんとつながってますよー」
 やや慇懃無礼な様子で、首もとの開いた女性用のシャツを身につけているハーティが補足した。ともすれば不興を買いそうな態度だが、気にならない、あるいは気にしない者たちの集団であるため、不快を表す者はひとりもいなかった。むしろ「そうなんだねー」と笑顔すら浮かべる。その反応に少し拍子抜けしたようにハーティの表情が緩く崩れた。直後に再び笑顔が作られるが、先ほどよりはやや柔らかい印象を受ける。
「それじゃあ、ご案内しますね。何かご希望あれば伺いますが――」
 何かあります? と言外に込めて向けられたアランの視線を受け、ルイスたちはお互いの顔を見合わせた。
「何も分からないからー、とりあえずスタンダードでお願いしまーっす」
 代表して答えたのはマリアンヌだ。言葉で相談をしたわけではないが、一同の意見と一致したので口を挟む者は誰もいない。アランが「分かりました」と笑顔を返す。
「それではこれよりご案内を始めさせていただきます」
「改めてお客様方」
 アランとハーティはお互いに対象になるように立ち位置を多少変え、ハーティは左手を、アランは右手を広げた。示すのは、先程彼らがやって来た側の回廊。
「「ようこそ、風吹く宮へ」」