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 アランとハーティのふたりに案内され、一同は宮内のあちこちを歩き回る。道すがら会う者たちはこちらを見かけると「いらっしゃい」と朗らかに声をかけてくれた。彼らはこの宮の住人で、自分たちの元の世界と並行してこの世界でも過ごしているらしい。
「混乱しねーのかよ?」
 レオンがそう尋ねたのは、案内先で偶然会いそのことを教えてくれた黒髪眼鏡の咲也さくやという少年だ。
「しないっすねー。元の世界ではこっちのこと覚えてないし、こっちでは何でか『別物』って認識してるし頭も整理もされてますから」
 感覚的なものらしく、レオンは「そうか」と一応の納得を示す。一方で、隣で聞いていたルイスはまたも頭を抱え、ロドリグに宥められていた。
 その後もあちこちを回り、一同は建物から庭へと出る。季節的には初夏といった気候で、幸いルイスたちの世界の気温とさして変わりはないようだった。季節の花々が咲き緑が輝く中庭を、吹き続ける風を感じながら歩いていると、不意に熱狂的な声が聞こえてくる。それに最初に反応したのはレオンだ。
「打ち合いの音か?」
「あ、そうですね。この宮には戦闘職の方も多くいるので、その方たちがよく手合わせをしてるんです。……行きますか?」
 完全に興味がそちらに奪われているレオンにくすりと笑い、アランが持ちかけた。レオンが楽しそうに「おう」と答えると、アランが先に行き音の方向へと向かう。手合わせ、という荒々しい単語に、マリアンヌ以外の4人は不安げな顔をしていた。その彼らの様子を見て、マリアンヌが一番後ろを歩いているハーティを振り返る。
「この先にいるのって危険な人たちだったりするのー?」
「いいえ? 脳筋族ではありますけど、むやみやたらに襲ってくることはありませんし、素手じゃなければ使っている武器も練習用です」
 大丈夫ですよ、と断言され、それならばとルイスたちの表情は少し明るくなった。それから、先に行くアランとレオンの背中が少し遠くなってきたので早足で彼らを追いかける。その身長差のある背中に追いついたのは彼らが足を止めた場所。くるりと輪を描いた人垣の一角は、客人たちに気付いて自然と空けられていた。
「今は周考しゅうこうさんとガーリッドさんですね。黒髪の方が周考さんで、赤銅色の髪の方がガーリッドさんです」
 アランが紹介をしている先では二人の青年――ガーリッド、と紹介された方は少年との境目のように見える――が刀身幅の違う刃を潰した剣で打ち合っている。幅の広い剣を使用しているガーリッドの方が力がやや強いのか、鍔迫り合いになると周考の方が僅かばかり押されている印象があった。数秒の睨み合いの末、周考が切り下ろす要領でガーリッドの剣をそらせると、返す刀で胸元を斬りつける。エイミーとリーナが悲鳴を上げマリアンヌにしがみつき視線をそらした。縋られたマリアンヌもぎょっとした様子だったが、斬れないことを分かっていたので彼女たちより冷静だ。とはいえ、さすがに固い模擬刀で殴られたようなものなので、ガーリッドは表情を歪めている。表情は苦痛に歪むが、一言も漏らさないあたり我慢強いのだろう。
「一本! それまで」
 審判をやっていた金髪に眼鏡の男性――アランがヴィンセントという名だと教えてくれた――が周考側に手を伸ばした。周考とガーリッドは一歩下がり、お互いに頭を下げ合う。それから笑顔で会話を始めた。内容は、どこが良かった、どこが悪かった、という今しがたの試合の感想のようだ。
「はー、凄い迫力でしたねぇ」
 感心したようにロドリグが息を吐き出す。ここに呼び出された全員が軍属であるが、模擬戦とはいえこのような激しい戦闘は見たことがなかった。――ただひとりを除いて。
「なあ」
 そのただひとり――陸軍中佐にして常時の帯剣を許された武官であるレオンが先ほどより熱のこもった声でアランに呼びかける。返事をしながらアランが10cmほど上にあるレオンの顔を見上げると、常時より少し強い風が吹き抜けた。レオンの長い前髪は普段彼の右目を隠しているが、風のせいでその瞬間ふわりと持ち上げられる。露になった双眸は、強く輝きながら人垣の中心を見つめていた。この顔は見覚えがある、うちの住人にもこういう表情する人たちがいるぞ、とアランが苦笑を浮かべる中、レオンは彼の予測通りの言葉を口にする。
「あれ俺も参加出来るか」
 声を潜めない参加表明に人垣の視線が順次レオンに、そして共にいるルイスたちに注がれた。見かけない面々を前に住民たちは一瞬疑問を抱いたようだが、フェランドが間違えて召喚した、という内容はすでに噂として出回っているらしく、「ほら例の――」という密やかな声が聞こえてくる。それは知らなかった面々もいるようだが、ミルトン家の案内人姉弟を見て客人だと納得したようだ。
「おう、いいぞ。とりあえず俺とやるか?」
 答えたのはアランではなくまだ中央にいる周考だった。片手で汗を拭いながら彼がもう片方の手で手招くと、どこからか丸い頭と小さな体の生き物・通称アシスタンツが様々な形状の修練用武器を持って現れる。歓迎の様子に口元を緩ませるレオンだが、一点の疑問を口にした。
「あんた今やったばかりじゃねぇか。俺片手間で倒せるほど弱くねぇけど大丈夫かよ?」
 相手を気遣う一方で無意識に自信を覗かせる発言をするレオンに、先程まで怯えていた兄上至上主義リーナは「兄上カッコいい!」と目を輝かせ、ルイスとロドリグは引きつった顔でレオンの腕を左右から押さえる。
「ちょっとベルモンドさん!」
「あなたが強いのは分かっていますが、人様の御宅ですからね? もう少し穏やかに……」
 針のむしろに座りたくないルイスとロドリグは住民の機嫌を損なわせるようなことをしないで、と真剣だ。しかし当の本人は何故こんなに止められているのか分からない様子だった。疑問を隠さないレオンの顔を、ルイスは「この脳筋……っ!」と辟易しながら睨みつける。その視線すら「こいつ何でいきなりキレてんだ?」ぐらいにしか思わなかったわけだが。
 客人男性陣が小声で揉めている中、突然周考が軽快かつ豪快に笑い出した。
「はっはっはっはっ、強気な御仁だな。ご心配ありがたく頂戴するが、俺もこう見えて兵を束ねる伯長だ。手強かったとはいえ一戦した程度ではまだまだ折れんぞ」
 にっと歯を見せて笑う顔には不快は浮かんでおらず、ルイスとロドリグは揃ってほっとする。さりげなく先ほどの相手を褒める辺り気の良い人物なのかもしれない。
「そうか? じゃあ、遠慮なく」
 シャツの袖をめくりながら嬉々として前に出ると、レオンは一列に並んでそれぞれが持っている武器を前に持ち上げているアシスタンツに近付いた。彼が手にしたのは普段帯刀しているそれとほぼほぼ同サイズをしたサーベルタイプの模擬刀。武器が決まるとアシスタンツはさーっと波が引くようにはけ、中央にはレオンと周考が相対する形で残される。
「呉軍伯長・周考、あざな俊応しゅんおうだ」
 刀を構えながら周考が名乗ると
「イマニス王国、ベルモンド家が嫡子レオン」
 レオンがサーベルを構えながら返した。互いの名乗りが終わると、様子を見守っていた審判・ヴィンセントが手を上げる。
「それでは次、周考君対ベルモンド氏。――はじめっ」