「次は俺! 仙星さんと勝負!」
「駄目あたし」
「いや俺」
「あの僕も」
次々に名乗りを上げる挑戦者たちに、彼らの前にいる仙星は困ったように笑っている。
「仙星さんはよくこの輪にいるのですが、中々中央には来てくれないので希望者が多いんです。すみませんが、少々待っていてもらえますか?」
苦笑するヴィンセントに、レオンは葛藤の末頷く。他のことなら意思を通していたかもしれないが、手合わせに関する主張と欲求は武官のレオンには分かりすぎるほど分かった。ここは一旦引くべきだろう。
レオンが了承すると、ヴィンセントは「なるべく優先しますね」という約束をしてくれた。それから場の仲裁をするべく騒ぎの中へと向かっていく。
「ねーベルモンドさん、まだやるの? あたしもう別の所行きたい」
近付いて来たマリアンヌが袖を引いてきた。レオンはそれを軽く振り払い、サーベルを地面に突き刺す。腕組をし仁王立ちの姿勢を完成させたレオンは視線を騒ぎに向けたまま答えた。
「お前らだけで行ってろ。さっきの奴もひとりだけ残ったんだしいいだろ」
さっきの奴ことパトリックのことを言われると駄目だとは言えない。何せ彼も好きなこと――彼の場合はフェランドとの小難しい会話――をするため談話室に残ったのだから。
一同は顔を見合わせると、最終的にルイスが溜め息を吐きロドリグが苦笑する。
「仕方ありませんね、騒ぎを起こされても困りますし、僕もここに残ります」
「私も残ります。マリアンヌとエイミーさんとリーナさんはどうぞ回っていてください」
ルイスが口にしたものを最大の理由に、その半分にも満たない理由として「友人を置いていくのも気が引ける」を付け足しつつ、ルイスとロドリグが留まることを宣言した。「お前らも行けよ」と呆れるレオンは無視する。
「ああ、どうしましょう。見学もしたいですが私も兄上の活躍みたいです……」
胸の前に握り締めた手を持ってきてリーナがレオンとマリアンヌたちを見比べた。どちらも本音だから余計苦しいようだ。そんな彼女を見かねたのか、レオンがちらりと視線を向ける。
「リー、俺が次に試合するのも先だ。こんな所で待ってないで遊んで来い」
「でも」
「気が散る」
まだ躊躇するリーナを諦めさせる意味もこめて少々強い口調でレオンが言い切った。リーナはまだ迷っているようだったが、結局マリアンヌたちと共に見学を続けることを決める。
「兄上ご武運を」
再度兄の武運を祈り、リーナは改めてマリアンヌと向かい合った。お待たせしました、と謝るリーナに「大丈夫よん♪」と笑いかけ、マリアンヌはくるりと振り向く。
「ということで半分になっちゃいました」
特に悪びれない様子のマリアンヌの報告に、状況を見守っていたアランは笑みを浮かべた。
「はい、大丈夫です。それでは男性陣の方にはおれが付きます。そちらはハーティに任せますので、何かご希望があればハーティに」
示され、ハーティは貼り付けた笑顔を僅かに歪ませる。それでも「嫌」とは言わず、ハーティは笑顔を取り繕い直した。
「じゃあ次の所ご案内しますねー。ちょっとそちらの方で待っていてくださーい」
手で示された方向へ素直に向かうと、背後で双子が小声で言い合っているのが聞こえる。
「(ちょっとあんた自分は動かないくせにあたしには歩き回らせる気!?)」
「(じゃあお前ここで試合見ながら大人しく出来んの? どうせ飽きたとか何とか言って不機嫌になるんだから素直に案内してろよ。文句言うな)」
「(はぁ〜〜? 最近マジあんたウザイんですけど。ワーカーホリックがカッコいいとかまだ思ってんの? ただの奴隷じゃん、気付けよ。あんなのいいと思うとか思考がダサい)」
「おれは自分の仕事に誇りを持ってるだけだよ。お前こそ斜に構えてる自分カッコいいとか思ってんじゃないの? 中途半端にやって文句言ってさ、そっちのがよっぽどだっせぇよ」
ついに小声が取れると、ハーティが大声で文句を言いかけた。それを留めたのは近くにいた参加者の少女たちだ。
「はいはいストーップ。お客さん放って喧嘩しないでよふたりとも」
「ハーティちゃん、ひとりが嫌ならユアたちもついてくよ? ラルムちゃんもフェランドさんとお客さんの相手してるし」
「とにかく、喧嘩は後で。ね?」
双子に声をかけたのは薄い赤から濃い赤にグラデーションがかった髪を持つ少女と、獣の耳がついた水色のフード付きローブを着た赤髪の小柄な少女(と、彼女の足元で「やれやれ」と言った様子を見せる角持ちの白い猫)。それと、修道服を着たオレンジ髪の少女だ。
仲裁を受けたハーティとアランはお互いを睨みつけた後「ふんっ」と顔を反らせる。そのままハーティは歩き出し、少女たちに「来るなら来てくださーい」と声をかけた。
こちらにやって来る4人を立ち止まって迎える客人たちの表情も様々だ。マリアンヌは「あちゃー」と笑い、エイミーは困ったような顔をし、リーナはやや不安そうにしている。客にマイナスの様子を見せる気は基本的にはないらしいハーティの笑顔も、最初に感じた通りの違和感だけが残ってしまった。
しかし、喧嘩を仲裁した少女たちは朗らかで心からの笑顔を浮かべている。
「お客さんたちいらっしゃーい、あたしエイラ・レーンでっす。フェランドさんたちと同じ世界なんでー、そのご縁ってことであたし達も案内参加しますね〜」
とはグラデーションがかった髪の少女。その雰囲気に、客人たちは本人含めマリアンヌと近しい性質を感じ取った。
「ユア・ライガーだよ。こっちは
とは水色ローブの少女――もとい、少年。ラプルゥ、と紹介された二足歩行の白い角持ち猫は「ラプッ」と手を上げて挨拶してくる。ぬいぐるみのような愛らしい見た目と動作に、リーナが目を輝かせた。手が自然と持ち上がり抱き締めたそうな様子を見せる。
「ウチはケイティ・カーライルです。こっちに巻き込んじゃったお詫びも込めて、楽しんでもらえるように精一杯頑張りますね」
とは修道服の少女。服のせいもあるかもしれないが、穏やかで落ち着いた雰囲気を醸す彼女に、「ようやく安心出来る人かもしれない」とエイミーはややほっとした。
マリアンヌたちもエイラたちに自己紹介を返し、お互いの挨拶が終わったのを見計らってハーティはくるりと体の向きを変える。
「えーーーっとじゃあぁ、折角外来てるんでぇ、庭の散策でもしましょうかー」
先ほどのやりとりを見たせいか、エイミーとリーナのハーティを見る目は変わってしまった。とはいえ、軍属女子部一期生として色々な波を越えてきたエイミーも、貴族の一員として社交界を渡っているリーナも、それを表に出しはしない。そうですね、お願いします、と笑顔を浮かべるのは朝飯前である。残るマリアンヌは「まあそんなこともあるよね」と全く気にしない様子で「じゃあしゅっぱーつ」と拳を振り上げていた。
2016/08/17