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 風を切って腕が振り下ろされると、まずレオンが駆け出した。その踏み込みの速さに観衆からは「おお」と歓声が上がる。一気に詰めた間合いをさらに埋めるようにレオンは鋭く切っ先を突き出した。レオンの速度を前にその場で踏みとどまることを決めていた周考は、咄嗟に刀を横にして腹でそれを受ける。キィンと高い音が響くと、直後に周考はサーベルを巻き込むように刀を返した。同時に一歩踏み込みレオンに近付く。先程ガーリッドを仕留めた距離まで迫った顔を見上げながら、サーベルの切っ先を完全に逸らした刀を振り戻した。
 繰り返しの結末が迎えられる、と思ったのはその一瞬。
「おっ――と」
 周考が両手で振り切った刀が、左手に残っていた鞘によって止められる。「やらせるか」と不敵な笑みとはそぐわず、その全身には筋肉が膨れ上がるほど力が込められていた。体つきだけで言えば周考の方が作られているように見えるが、納められている筋肉量はそう変わらないらしい。
 覚えず周考からも好戦的な笑みがこぼれる。これは侮れん、そう心持ちを変え一度仕切り直すべく一歩引こうとした瞬間、惜しみなく鞘を捨てた左手が伸びてきた。力強く胸倉を掴まれると、間も空けずに引き倒される。何とか刀を戻すが、今度は切っ先を止めることが出来ず眼前にそれに迫られた。
「俺の勝ち、だな」
 にっと歯を見せて笑う自信家の笑顔に、周考も眉を歪ませて笑い返す。
「だな。剣にばかり気を取られた俺の失態だ。――もっとも、気にしていても耐えられたか分からんがな」
 決して問題ではない。これは剣の勝負ではなく「手合わせ」なのだから。それこそ剣対こぶしの勝負すらあるような場である。周考も過去には足を出したことだってあった。である以上、異論などあろうはずもない。それに、周考本人が口にしたように、彼の動きを完全に追うのは周考には難しそうだ。
 レオンは剣を引き周考に手を伸ばす。周考はそれを取り立ち上がった。レオンの引く力と周考が自ら立つ力が強すぎて、互いに少々たたらを踏んだ時には思わずふたりからは笑いが零れる。
「兄上流石ですーーっ!!」
 勝負がついたと確信し、それまで耐えていたリーナが両腕を広げて飛び込んできた。察していたレオンは軽く左腕を突き出し、手の平で頭を押さえる形でそれを留める。避けて転ばせようものならうるさい連中(特にマリアンヌ)に文句をつけられるのが分かっていたための行動だ。傍から見ると冷たくも見えるが、頭に手が行ったリーナ本人は顔を輝かせてご満悦である。
「次は誰だー?」
 剣を持つ腕を回して楽しそうに笑う様はどこか子供じみているが、その力量は侮りがたい。俺が私がと主張する声があちこちから上がるが、前に出てきた――否、出されて来たのは黒髪ショートの女性だった。身につけている服は周考のそれと似通っており、似たような服を身につけた少年たちに背中を押されている。
てい将軍、俊応様の敵討ちをお願いします」
「呉軍が舐められっぱなしじゃ駄目ですよせんせい様!」
「あ、あの季元きげん殿、とう殿。他の方も手を挙げてらっしゃるのに勝手に決めるのはいけません。それに、呉の名を背負うことを殿やこう殿を差し置いて私が行うのは――!」
「いやー、構わんぞ仙星。――それにしても、お前ら仙星のこと好きだなぁ」
「俺よりも仙星殿の方が古参でしょう」
 あれこれとやりとりする面々を眺め、レオンは「あれは?」と周考に問いかけた。
「髪を布でまとめてる方の坊主は俺の部下の姜珂きょうか、字は季元という。まとめていない方はりょうとう殿だな。うちの軍の将のご子息だ。そのふたりに押されているのは将のおひとりの鄭 仙星将軍、奥におられる方々は同じく呉軍の太史慈たいしじ将軍とかんねい将軍だ。俺と季元は甘将軍の配下になる」
 軽く一同を紹介している間に、周りからも「いいよいいよ」と声をかけられ、仙星が腹を括ったようだ。アシスタンツから模擬槍を受け取って中央に向かってくる。
「……女だぞ? 大丈夫か?」
 こそりとレオンが尋ねると、周考は朗らかに笑って彼の背中を叩いて中央へ送り出した。
「心配無用だぞレオン殿。たおやかに見えるが、彼女は呉軍でも特に優秀な将だし、この宮内でも上位に位置する実力者だ。当然俺など足元にも及ばん。さ、白星娘々はくせいにゃんにゃんの武技、その身で体験されよ」
 決して弱くはなかった周考が手放しで褒める相手。自然と気を引き締めると、レオンはぺろりと唇を舐めリーナを放す。やや名残惜しそうなリーナだが、レオンの横顔を見て、ぎゅっと唇を結んだ。ご武運を、と贈られた言葉に軽く返事をして、レオンは仙星が待つ中央へと向かう。
 ――そしてレオンが次に深い息をついた時、気が付けばその身は地面に横たわっていた。
「………………は………………?」
 視界を埋める槍の穂先が消えると、快晴の青空が視界に映る。
「お手合わせありがとうございましたレオン殿。お強いですね」
 柔らかに微笑み槍を抱く姿は穏やかな淑女のそれ。であるのに、戦闘中の彼女の動きをレオンは目で追えなかった。2、3手までは覚えている。最初はレオンが押していた。だが、風を切る音がしたかと思ったら槍がぶれ、動いたのだと認識した時には足を払われ、それを認識した時にはこうして転がされていた。
 ぽかんとしていると、今度はレオンが手を差し伸べられる。相手は仙星だ。完全に一回前と立場が逆転してしまい、レオンは歯噛みしてその手を取った。振り払いたい気持ちもあったが、仮にも誉れ高い陸軍中佐を頂いている身。勝者に唾吐く行為は自らの誇りが許さない。
「おい、もう一回、もう一回だ!」
 しっかり立ち上がり仙星の手を放すと、レオンが強く主張する。だが、審判をしていたヴィンセントに「駄目ですよ〜」と緩く止められてしまった。
「連戦は勝ち抜き戦以外は相手から希望がない限り2戦までです。それに――」
 ちょいちょいとヴィンセントの指が仙星側を指す。不服そうなレオンがそちらを向くと、彼はすぐにヴィンセントが示していたのが仙星じゃないことを理解した。