「………………はい?」
大きく首を傾げ、笑顔を固めるロドリグ。兄が口にしたばかりの言葉が理解出来ない。そんな弟の前に、セザリスは改めて封筒から取り出した紙を差し出す。
「だから、クロスワードを作ってみたからやってみてくれ」
クロスワード。クロスワードと言ったのか、この兄は。庶民の娯楽クロスワードと。
冷や汗交じりの笑みのまま、ロドリグはそぉっと視線を手元に下ろした。そこにあるのは数枚の紙。四角のマスがいくつも交差するそれは、どうやら手で書かれているらしく、ほとんど真っ直ぐ引かれている中に時々継ぎ目が見られる。その横にはキーワードが、ご丁寧に縦と横に分かれて書かれていた。流麗なその文字は間違いなく兄の字だ。
再び兄に視線を向ける。クールな印象は変わらない。だが、最近ロドリグは兄の感情が目に出ることを学んだ。その学習の結果で判断するなら、今の兄は間違いなくわくわく・そわそわとした期待を抱いていた。
「……兄さん、つかぬ事をお伺いしますが、もしや暇でしたか?」
現在、軍部ではあまりに休みを取らない者たちに中期連休を与える制度の試みを行っている。その発端は、とある陸軍尉官が過労のために倒れたことにあった。優秀な人物だっただけに軍部は事態を重く見、これ以上人材を浪費しないためにも適度に休息を取らせよう、との意見が出たのである。それは陸軍・海軍ともに適用されており、見事対象となったセザリスは3日ほど前から休みに入らされていたはずだ。
「ああ。よく分かったな」
「さすがに分かりますよ……そうじゃなかったらこんなことしないでしょう」
素直に認めて頷くセザリス。ロドリグは苦笑いをしてこめかみに手を当てた。無趣味というわけではないのだろうが、それでも仕事に精を出すタイプのセザリスには暇を持て余すほどの時間であったらしい。
「こんな、とは聞き捨てならんな。本で見たから作ってみたのだが、意外に面白かったぞ」
真顔で訂正してくる兄と認識している兄との差異に違和感を覚えつつも素直に謝り、ロドリグは改めてクロスワードの一枚を手に取る。
「ええと、このまま書き込んでいいんですか? それとも別の用紙にしますか?」
あれだけ不安に思っていた自分が馬鹿らしくなるし、こんなことなら用件を伝えておいて欲しかったとも思う。それでも、折角作ってくれたものを無駄には出来ないし、何より兄が(自分の暇つぶしが主のようだが)ロドリグに遊ばせるために作ってくれたというのが何とも嬉しく、むず痒かった。
ロドリグがやる気を見せると、セザリスはさらに封筒から紙を取り出す。
「どちらでもいいぞ。別紙がよければ解答用の紙も作った」
「兄さん本気すぎません? えーっと、では折角なので解答の用紙の方に」
作ってもらったものは素直に使う、という誠意を見せるロドリグに、セザリスは満足そうに紙を差し出した。それを受け取り、部屋の隅に置いてある棚からペンも持ってきて準備は完了。ロドリグは兄の期待に満ちた視線の中、手作りクロスワードをはじめる。
最初こそ多少の呆れがあったが、いざ始めると楽しいようで、自然とロドリグはクロスワードにのめりこんでいった。その間のセザリスと言えば、ロドリグが分からずに飛ばした問題があればそわそわし、他の解答のおかげで分かって嬉しそうにすればほっとしたりと、さりげない百面相を披露していた。
そうして30分の時間が過ぎ去ったころには、解答用紙のマスが全て埋まりきる。
「出来ました! あとはこの数字の順に単語を並べて……」
解答用紙のマスのいくつかに振られた数字の順に、用紙の上にある解答欄に文字を入れていく。そうして出てきた言葉は――。