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「『あっぷるくらんぶるがたべたい』」
 そのまま読み上げてから、一拍、二拍。ロドリグの頭はようやくその言葉を変換した。
『アップルクランブルが食べたい』
 すっとロドリグの視線がセザリスに向くが、セザリスは恥じることも恐れることもなく1枚目の問題用紙をどかして2枚目を表に出す。
「2枚目に味の要求があるので次はこれだ」
「この空気の中続行しますか!?」
 衝撃を堪え切れずにロドリグが立ち上がって叫ぶと、セザリスは続行しない理由が分からないとばかりに首を傾げた。
「何がだ?」
「何がだ、じゃないですよ! 突然いらしたと思ったらお菓子の要求って――え、待ってください、もしかしてこれ全部そうですか?」
 これ、と視線で問うたのは2枚目が明らかになった問題用紙。1枚目よりもマスの数や問題が少なくなっているようだ。
「いかにも」
 こくりと真顔で頷く兄に、ロドリグは机に両手をついて脱力する。
「……残りに込められているご要望は何ですか……?」
 問題用紙は全部で5枚。1枚目が食べたいもの、2枚目が味の要望。3枚目から5枚目はいったい何が答えなのか。疲れた目を向けると、セザリスはずらした紙を指先でとんと叩いた。
「3枚目は飲み物、4枚目は数量、5枚目はプラスαだ」
 やはり動じない兄が冷静に答えると、ロドリグは机に突っ伏す形で椅子に座り直す。
「ほんっっとうに暇だったんですね兄さん……」
「それもあるが、いきなり『食べたいから作れ』と頼むのはいくら弟相手でも失礼かと思ってな。なら、一度遊びの気分を入れて」
「お気遣いはありがたいですがその気遣いと労力を手紙の文面として生かしてくださってればお迎えした時にはすでに作り終わっていましたからね!?」
 再び耐え切れなくなったロドリグは顔を跳ね上げ一息で兄の行動にツッコんだ。責め立てる口調ではないが、「何でそうなったの!?」と疑問に耐えかねている様子の弟に、セザリスは「それもそうか」と本当に今気付いた様子で軽く目を見開く。そんな兄の態度を見たロドリグの頭は再び机にご挨拶する。
 一切悪気が含まれていない行動に振り回されるのは周りが周りなだけに慣れている。とはいえ、身内にここまで振り回されたのは初めてだ。いつもと勝手が違う状況にロドリグの目にはきらりと涙が光った。ほっとしたのか残念だったのか、兄が情けないのか兄についていけない自分が情けないのか、もう何で泣いているのかも分からない。
「……すまない、自分の遊びに付き合わせ過ぎた」
 ロドリグがすっかり机の上で潰れてしまったのを見て、セザリスも流石にまずかったと自覚したらしい。そっと残る問題を引き取ろうと手を伸ばすが、それは脇から伸びたロドリグの手に阻まれる。
「ロドリグ?」
「回収しなくて大丈夫ですよ、兄さん。もうここまで来たら張り切って解いて張り切って作らせていただきます! 幸い、アップルクランブルは難しいお菓子じゃありませんからね」
 むくりと上半身を起こすと、ロドリグは気合を入れて次の問題にとりかかった。自棄になっているのか問題を徐々に簡単にしていったのが効いたのか、そのスピードは最初に比べて随分早くなっている。
 2枚目、3枚目、4枚目、5枚目。次々にペンを走らせれば、1枚目を解いたのと同じくらいの時間が経つ頃には、残っていた問題は全てが解き終わっていた。
「よし、出来ました。後はそれぞれの答えを出して……っと」
 解くだけ解いて最終の答えは後でまとめて、と放置していた問題用紙をもう一度手元に引っ張る。書き連ねれば、2枚目は「甘さ控えめで」。3枚目は「エスプレッソ」、4枚目は「2人分」。――一応ロドリグとお茶をするつもりで来たらしい。思わず力が抜けて失笑したロドリグを見て、セザリスは少し恥ずかしそうに眉を歪めた。
 では最後の5枚目は、としたところでセザリスに声をかけられた。
「それはキッチンに行く途中に埋めろ」
 さあキッチンへ、と指先が扉に向けてちょいちょいと動く。そろそろおなかが空いたのだろうか。最後の一枚を持ったまま、ロドリグは素直に廊下に出た。控えていた使用人に出来上がるまでのつなぎとしてお茶のおかわりを頼んで、そそくさとキッチンに向かう。
 材料と手順を考えながら歩いていたロドリグは、ふと自分の手の中の紙の存在を思い出した。
「そういえば最後の答えは何だったんでしょうか」
 2枚目から4枚目よりは1枚目に難易度が近かった気がするが。ちょうど窓際で立ち止まったロドリグは、用紙に改めて目を通す。ペンはないのでそのまま番号のついた文字を小声で読み上げた。そして3文字目を口にした途端に目を見開き、次いで嬉しそうに頬を緩める。
「――こちらこそ」
 覚えず呟くと、ロドリグは紙を丁寧に畳んで胸のポケットにしまった。再び歩き出したその足取りは非常に軽い。彼の心には今、ひとつの言葉が躍っている。きっと今頃ひとり照れに苛まれているだろう兄の言葉が。たった5文字の、しかし世界で一番優秀だろう言葉が。

 「ありがとう」が。



あとがき


ということで、以上、2016年〜2017年頭までで行いました雪瀬さん祭りでした!
昔から親しみのある水兵メンツをよーーーやくお招きした数年前から、別視点の面々の話も書くから! と気合を入れつつ結局書かずに時間ばかりが過ぎ……。この年になって遂に実現することが出来ました。
その他にもベルモンド兄妹、そしてこのページであるエリオット兄弟の話も書かかせていただきましたが、 いやはや楽しかった(´∀`*)

2017/01/24