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 そんな賑やかな夜は瞬く間に過ぎ去る。
 翌日の朝食後、風吹く宮の移動の間には客人たちとそれを見送る住人達が集まった。中央に置かれた機械の脇にはぼさぼさ頭の白衣の男性が胡坐を掻きながらかちゃかちゃとパソコンをいじっている。ハーティたちの1番目の兄であるラリー・ミルトンだとアランが教えてくれた。なんでも、ルイスたちが帰るための最終調整中なのだそうだ。
犀利さいりの君、少しいいかね」
 少々遅れて移動の間に表れた今回の騒動の発端ことフェランドがいそいそと犀利の君ことパトリックに近付く。何かね、とそちらに向かうパトリックの背後では、マリアンヌとエイラがハグをしていた。
「1日だけだったけど凄く楽しかったよ! いつかまた奇跡が起きたらその時はまたいっぱいお話ししようねエイラちゃん」
「私も楽しかったよマリアンヌさん! あのね、今回の移動でルート自体は出来るって言ってたから、うまく調整出来ればきっとまた会えるよ」
 お互いに惜しみつつも「きっとまた会える」という確信が、彼女たちを笑顔にしている。
「……また、来られますかね?」
 伺うようにエイミーがちらりと視線を向ければ、隣のケイティはにこりと笑った。
「ええ、きっと。この宮に一度来た人は、2回目以降も来やすいそうですから」
 疑っていない是の回答に、エイミーもつられるように微笑む。最初にここに来た時は「どうしてこんなことに」と嘆いていたものだが、終わってみればいいこともたくさんあった。色々な人に出会え、恋を応援され、とても貴重な――。
 昨晩のルイスの言葉と笑顔を思い出し、エイミーはぼふっと赤くなる。そんな彼女をケイティが慌てて宥めている横では、膝を曲げたリーナがラプルゥ、そしてユアを抱きしめていた。
「ユアちゃんもラプルゥちゃんも素敵な時間をありがとう。私、とても楽しかったです! 次もまた会えたら嬉しいです」
 にこにこと満面の花を咲かせるリーナは周囲の会話が聞こえていたわけでもないのに「次」を確信している。そんな彼女に笑みをこぼし、ユアとラプルゥも彼女を抱きしめ返した。
「ユアも百面相なリーナちゃん見てるの楽しかったよー。また遊びに来てね」
「ラープゥ」
 ラプルゥがぽふぽふとぬいぐるみのような手でリーナの頭を撫でると、リーナは幸せそうに「ふふふ」と声を漏らす。
「次回こそ勝たせて貰うぞレオン殿」
「次回も俺が勝つぜ俊応」
 がっしりと握手を交わし、周孝とレオンは好戦的な視線を交し合った。さすが兄妹と言うべきか、レオンもまた次回があることを確信しているようである。それは、相対する周孝も同じなわけだが。
「あんたたちにも次は負けん!」
 びしぃっと指を突きつけた相手は昨日彼が負けた、あるいは引き分けた面々。誰が言い出したのか、昨日彼が対戦した相手のうち、来ているのは彼らだけだった。
「心してお相手させていただきます」
「おう、もっと精進しろよ」
「……俺でいいなら付き合おう」
「次も負けないわよ〜」
「2回目以降の場合は私への挑戦権は10勝以上からだそうなので頑張ってください」
「こちらこそ、次回も是非お手合わせいただければと思います」
 仙星、クレイド、清風、ユーリキア、ヴィンセント、ラルム、の6人の言葉に、レオンは挑む炎を目の奥に燃やして腕を組む。
「またあんなことして……」
 その様子を呆れて見守っていたルイスに、まあまあ、と声をかけたのは咲也、聖、和俊の3人だった。その後ろには悠一もいる。陽菜乃と卯月もいるが、彼女たちは女性陣とのお別れの順番待ちのようだ。
「楽しめたんなら良かったんじゃないすか?」
「まあ、不快にはさせなかったようだからそれは良かったけどね。あ、ところでさ、君たち本当に僕が昨日の夜言ったことエイミーさんたちに言ってない? 何だか夕べとか今朝とか会った時妙にそわそわしてた気がしたんだけど」
 軽く笑みを引きつらせつつ少年たちに視線を向けるが、対応する少年たちは「そんなまさか」と揃って首を振った。
「神に誓って口に出してません」
 中継はしたが。
「神に誓って筆談で伝えたりもしてません」
 中継はしたが。
 片手を立てて宣言するその堂々とした様子に、ルイスはまだ訝しむ様子を見せる。それを前に、和俊は少し視線を下げた。
「……信じてくれないんだ……」
「ごっ、ごめんごめん、信じる! 信じるよ!」
 今にも泣きだしそうな傷ついた様子は痛ましく、ルイスは慌てて両手を振る。年相応かそれよりやや上に見える咲也・聖、あるいは少女めいた容姿でも攻撃的な雰囲気を醸す悠一と違い、和俊はそのまま幼い子供のようだ。申し訳なさからつい声を大きくして弁明すると、和俊はぱっと笑顔を咲かせた。ありがとう、という姿は無邪気そのもの――に、見えるのは彼の本性を知らないルイスだけ。友人たちは必死に笑顔に苦味が混じらないように耐えている。
「このたびは素晴らしい技術をお見せいただき誠にありがとうございました」
「いえいえ、ロドリグさんも十分素晴らしいですよぉ。もう軍を辞めさせてうちで働かせたいくらい」
 ぴしりと美しいお辞儀を披露したロドリグの前でにこにこと笑っているのは、茶色い髪をお団子にしている中年の女性。彼女は風吹く宮の料理長であり、案内人姉弟の母でもあるベティーナ・ミルトンだ。人並み以上に料理に興味のあるロドリグが心を打たれた料理の作り手こそ彼女であり、昨晩ロドリグはパーティのほとんどを彼女の隣で過ごしていた。最後の辺りでは自身も作りたがった結果完全に厨房要員のひとりと化していたのだが、本人は至って満足だったことを同行者たちに語っている。
 それぞれが最後の会話を楽しんでいると、機械の横にいたラリーがふらりと立ち上がり、待機していた謝と視線を合わせるとそのままそそくさと立ち去った。人見知りの科学者はこんな時でも人見知りのようだ。
「皆様、お待たせしました」
 ラリーが退出したのを見届けてから、謝は一同に声をかける。早々に会話が収まり、全ての視線が代行人の青年に集まった。それらを恐れることなく、謝は機械を示す。
「機械の調整が終了しましたのでこれより皆様を元の世界にお送りいたします」
 そこから機械の説明、そして元の世界との僅かながらとはいえある時間の差についてなどの説明を受け、一同はついに風吹く宮から元の世界へと戻っていった。
 もしかして夢だったのか。一瞬浮かんだその疑問は、マリアンヌが「お土産」として持って帰ってきた布やボタンなどがすぐに否定してくれる。そうして次に皆の心に浮かんだ思いは、たった一つであった。

――またいつか、あの風吹く白亜の宮で。



2016/11/20