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初訪問 女性陣陣へ

初訪問プチパーティ


 その日の夕方、ルイスたちは風吹く宮の食堂に招かれた。何でも歓迎会を開いてくれるということなのだが、誘われる時使われた「ちょっとした」という単語の意味を考えてしまうほど大規模な会場に、ルイス・エイミーは開いた口が塞がらない。ステージはあるわ、立食形式のテーブルと座って食べられるテーブルが区画分けして並べられているわ、行き交う人の数は数えることを断念するほどだわ。これを果たして「ちょっとした」と呼んでいいのだろうか。一般家庭で育った面々が頭を抱える一方、上流階級組は少々の驚きで済んでいた。
「わー、凄いねぇ。食堂も広いって聞いてたけどこんなに広かったんだ。凄い敷地面積だね」
 人が次々に集まってくる会場内をきょろきょろと見回していると、近くにいたアランがにこりと肯定する。
「はい。ちなみに、今はパーティ用ということで食堂を拡張しています。謝さんの権限で、宮の増改築も減改築も思うままなんです」
「えぇ!? 改築自由って……」
 横で聞いていたエイミーはぐるりと周囲を見回して言葉をなくした。どう見ても普通の建物だというのに、何の工事もなく改築が可能とは。慣れてきたと思ったのに。エイミーは何度目とも知れない予想外を体験する。
「いやはや、とんでもないですねぇ」
「俺はもう慣れたぞ。ここに元の常識は持ち込むもんじゃねぇ」
 感心と衝撃を込めて溜め息をつくロドリグ。レオンは正反対に落ち着き払っていた。
「あ・のぉー?」
 そんな一同に向かって、不意に不満そうな声を出したのは両腰に手を当てたハーティだ。
「それに驚くのはいいんですけどぉ、そっちのお兄さんたちはお洒落してるお連れさんたちに何か言うことないんですかねー?」
 開口一番に(マリアンヌたちが)褒められることを期待していたハーティだったのだが、男性陣のあまりの無反応に業を煮やしたらしい。おい、とアランが小声で注意するが、ハーティは聞こえない振りをする。腹立たしさと呆れを込めた視線に晒された男性陣はそれぞれ顔を見合わせた。
「ああ――そういや変わってる……な?」
「何で疑問系なんですか! どう見ても変わってるでしょ!?」
 確信が持てないらしいレオンの中途半端な同意にハーティが「信じられない」とばかりに叫ぶ。その間に入るようにロドリグが申し訳なさそうに微笑んだ。
「すみません、気付いてはいたのですが、中々言い出すタイミングが……。皆さんお似合いですよ。――ところで、マリアンヌのその格好は?」
 いえ、似合ってはいるのですが。さらにフォローを入れながら言及され、マリアンヌはにんまりと笑ってくるりと一回転した。応じてふわりと翻るのは、首の後ろでひとつにまとめた三つ編みと長い上着の裾。裾はスカートのようになっているが正面が空いているため、スカート以上にふわりと広がる。両耳では緑色の宝石がついたイヤリングが揺れた。
 マリアンヌが着ているのは、ロドリグたちの世界から考えれば完全に「ファンタジー」と呼ばれる分類の衣装だ。ハイネックでノースリーブの真紅に近い上着は、鎖骨の少し下辺りからぱっくりと左右に割れ、胸を強調するように囲んでみぞおちの辺りで再び合流している。拳ひとつ分は留まっているが、そこからまた割れて今度はへそを囲むように広がっていた。腰の辺りで細いベルトで留められ、そこからは前が開いた状態で左右に開き、膝裏の下まで裾が伸びている。インナーにはワインレッドの胸元が開いているワンピースが着用されており、スカート部分の正面は白い枠取りの内部が薄赤色をしている。肩より下から手首まで覆う袖は同じ薄赤色。ふとももまで至るロングブーツは白で、ブーツには赤い花とそこから垂れる布がつけられている。
「かっわいいでしょ? キャロラインさんっていう、服飾室の室長さんに選んでもらったの。あとね、お土産に色々布とかボタンとかも買っちゃった! 持って帰っても大丈夫だって言われたからいっぱい買っちゃったわ〜」
 元の世界に戻ってから色々作るのが楽しみ、とはしゃぐマリアンヌに、ロドリグは「それはよかった」と微笑んだ。その隣ではリーナがレオンからの「まあいいんじゃないか」という感想に舞い上がって花吹雪を散らしている。
「…………」
「…………」
 そんな中、無言を貫くのはルイスとエイミーだ。お互いに目を合わせないようにする姿は、恥じらいからという甘酸っぱさを感じさせない。ルイスは断固として口を開かない様子を見せ、エイミーはそんな彼に負担をかけないようにするかのように視線を逸らし続けていた。
「ルイスさーん? コメントはー? もちろんありますよねぇー?」
 そんなふたりの間に割り込んだハーティがじと目でルイスを見上げた。ルイスはそんな彼女からも視線を逸らす。
「軍部の規定で、風紀を著しく乱す場合を除いて女子の服飾について言及することは控えるよう決められています」
 きっぱりと言い切る断固とした姿勢は、言葉の内容はともかく軍人らしい厳しさを見せていた。しかし対するハーティは隠さずに不満げだ。
「はーあぁぁ? 今オフですよね? しかも別にセクハラ発言しろってんじゃなくて素直に褒めるだけの話ですよね? 規定とか何とか持ち出します?」
「セクハラの基準は男側ではなく女性側が決めるものです。それに、エイミーさんがそのように受け取らなくても、どこで話が捩れて伝わるか分かりません。そこまで官位に執着はありませんが、セクハラで処分は御免です」
 この風吹く宮に来てから全員揃って案内している時までの間しか見ていないが、ハーティが認識していたルイス・ヴォネガという人物はもう少し辺りの柔らかい人柄であった。その認識を改めることを強制されているかのような頑なさに、ハーティは一層強く言葉を紡ぎかける。が、それは背後から腕をとったエイミーに止められてしまった。
「ハーティさん、いいから。そういうのは無理強いするものじゃないから。ね?」
 表面上こそ穏やかだが、目の奥には「本当に勘弁して」という思いが涙とともに浮かんでいる。恋する乙女というのはどうしてこう凄みを身に着けてしまうのか。さすがに泣かせるつもりはないハーティは素直にそれに応じる。
 そうして女性陣たちは不満とともにパーティ会場の奥に歩を進めた。男性陣の姿が見えなくなる頃に、ハーティの不平不満は爆発する。
「なんっっなんですかルイスさん!? あんな頭硬いのに何人も彼女いたとか嘘でしょ!?」
「ハーティちゃん言い方言い方。それじゃあヴォネガさんが何股もしてたみたいに聞こえちゃうわー」
 憤るハーティにマリアンヌが緩く訂正を入れた。エイミーの思い人がルイスであると判明した後に、彼の恋愛遍歴をハーティに語ってしまった責任をちらりと感じた結果である。
「それにヴォネガさんはねー、多分何も言ってくれないと思ってたわ。前に今の面子と他何人かで海行ったことあるんだけど、その時もなーーんにも言ってくれなかったから」
 もう諦めてるわ。呆れたように首を振るマリアンヌだが、やはり大事な友人に一言もなかったのは不満だったのか眉は少々歪んでいる。
「でも残念ですよね、せっかくお洒落したのに」
「あたしたちも選ぶの手伝ったのにー」
 不意に横から少女の声がふたつ会話に参加してきた。少し前に聞いた声だ、と一同の視線がそちらに向く。目が合ったのは残念そうな陽菜乃と不満そうな卯月だ。エイミーは少し申し訳なさそうに両手を合わせた。
「ふたりにも選ぶの手伝ってもらったのにごめんね? でも、女の子に話を振られてもきっと答えてくれないし、無理強いも嫌だから……」
 殊勝なエイミーに、マリアンヌは「もうみったんは」と肩を竦め、リーナは兄に褒められ浮かれていた自分を恥じて肩を落とし、ハーティは腕を組んで眉を寄せる。陽菜乃たちもまた同様の表情を――するかと思われた。だが、彼女たちが浮かべたのはいたずらっ子のような笑み。意外な表情にマリアンヌたちは思わずそれぞれの感情を忘れる。集まる視線の中、卯月が面々の前に取り出し突きつけて来たのは卯月の手には少々余るサイズの板状のディスプレイ。
「スマホ? それがどうしたんですか?」
 唯一その存在を理解しているハーティが代表して疑問を口にした。答えが返るまでの合間にマリアンヌが「スマホ?」と尋ねて来たので、「電話とかメールとかしたり、他にも色々便利な機能が入っている機械です」と簡潔に答えておく。
「女の子相手に素直に褒められないなら」
「男の子に協力してもらうだけですよ」
 すっ、と卯月が暗くなっている画面を撫でると、そこにはとある人物が映し出されていた。それを良く見るように、マリアンヌが、リーナが、何よりもエイミーが、ずいと踏み出し画面の前に並んだ。