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新聞を広げ文字を追っていたレイギア・ブルースペルは、突如耳に届いた鋭い音に緩慢に視線を上げる。一体何度同じやり取りをすれば気が済むのか。呆れを孕んだ視線が向く先にいるのは彼と生死を共にする腐れ縁たち。
「ああもうっ、お前なんて知るか!!」
真っ赤な顔で大声を出してそこから早足に去って行ったのは群青色の短い髪をした、少女と女性の狭間の年頃の娘。全身至る所に刃を身に着ける彼女の名はユーリキア・オルド。年若くありながら実戦経験豊富であり、レイギアや彼女が過ぎ去った場所で尻餅をついている金茶色の髪の男性よりも高い実力を持つ。
しかしながら、今の彼女は本気ではない。何故なら身に着けた刀剣が物語るように、彼女の本分はその類稀なる刀剣術であり、決して平手による攻撃ではないからだ。どちらかというと、素手は今座り込んでいる彼の本分。
レイギアは呆れた視線を彼――ヴィンセント・アーザに向ける。
間違っても弱者の列に並ぶことのないレイギアと、対等に喧嘩を出来る男は、座ったまま俯いておりその背中しかレイギアの視界には移らない。だが、レイギアは彼が今どんな表情をしているのか手に取るように分かった。
彼とて拳で名を上げる優秀なハンターだ。いくら相手が上手だろうが、たかが平手打ちひとつで足腰が立たなくなることはありえない。立てない理由は、心情によるだろう。
「……ヴィンスよぉ」
「うるさい黙れ」
他の相手には決して使わない厳しい言葉で制されるが、怖いとも思わないレイギアは新聞に目を戻しながら言葉を続ける。
「お前いつまでも気付いてないふりして距離図ってないでとっとと嫁に貰えよあのじゃじゃ馬。どうせあいつもお前のこと好きだろうが」
まったく呆れずにはいられない。天下に徐々に名を広めている優秀なハンター2人が、惚れた腫れたの話でわたわたしてるというのだから。
これで一体何度目の忠告か分からない発言を重ねると、ヴィンスはさらに顔を落として顔の下半分を手で覆う。
「……うるさいって言ってんです。シメますよ……っ」
自覚なんてとうにしているのに、どうすればいいか分からない。ヴィンセントの心なんてそんなところだ。
馬鹿な奴ら。そんなことを思いながら、レイギアは再び新聞に目を落とした。
それはまだ、のちに仲睦まじい夫婦となるヴィンセントとユーリキアがお互いの気持ちをうまく扱いきれなかった頃のお話。
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