戻る

                             



<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

3/70


「……誰あれ?」

 

 リリトが隣に立つラルムに小声で尋ねるが、ラルムもまた首を傾げる。そんな彼らに、近くにいた秀雄は彼がラリー・ミルトンだと教えてやった。

 

 ラリー・ミルトン。知る者ぞ知る風吹く宮の技術屋であり、超高度な機械技術・魔法技術を持つ男である。ただし極端な人見知りとひきこもりを発症しているため、表に出ることは滅多になく、ましてこのような人の視線が集まる状況に慣れているはずもなかった。

 

「しぇしぇしぇ、謝にちゃんと説明しし、したでしょうよぉぉ。お、おお、俺はいらないぃぃ」

「黙れ愚兄! 与えられた仕事はちゃんとこなすのがミルトン家の家訓だ。長男としての誇りがないのかお前は!」

「ないぃぃぃぃ」

 

 ひたすら逃げようとするラリーに、気の短いチャーリーは目を据わらせ竹刀を握り締める。彼の雷はこの風吹く宮でも恐ろしいもの上位に入る。浴びたことのある者たちはいっせいに身を竦めた。近くにいたクリフは止めるどころか巻き添えを食うまいと真っ先に逃げ出す始末だ。

 

 だが、正に竹刀が振り上げられる、というその瞬間、好がそれに割って入る。

 

「まあまあチャーリーさん。とりあえず私たちは実演がありますし、はい、腕輪。ラリーさん、アシスタンツの後ろにいながらこの子に語りかける感じでお願いします」

 

 にこにこと笑いながら、好はチャーリーには謝が掲げた腕輪を渡し、救世主よと腰に抱きついてきたラリーには熊のぬいぐるみを渡した。そして、軽く手招きして数人のアシスタンツを呼び出すと、彼らを横に並べ、ラリーをその陰に隠す。首元にピンマイクをつけることも忘れない。手際のよさに住民たちは胸を撫で下ろしたり口笛を吹いたりしてそれを賞賛した。

 

 その中、本当にアシスタンツの陰に隠れて住民に背中を向けたラリーは、熊のぬいぐるみに向けてぼそぼそと腕輪の説明を始める。

 

『えっと、この腕輪は機械で出来ていて、脈を感知して起動するんだよ。半径5メートル内を索敵、また、周囲と違う温度や空気とか、そういうのを感知したら自動的に魔法障壁を出すようになっている。だから、たとえばこんな風に――』

 

 言下、突如チャーリーが竹刀で思い切り好を殴りつけた。住民から悲鳴が上がるが、その竹刀は好に届くことはなく、彼女との間に生じた半透明の球体によって阻まれた。

 

『いきなり攻撃されても本人よりも早くに“バルーン”が対応してくれる。この耐久度は本人の防御力×2で、攻撃を受けるたびにマイナスになる。ああ、防御力は2秒ごとに調べてるから、たとえば魔法とかで防御力を上げていればその値×2が耐久度になる。あと、回復魔法とかも一応反応するようにしておいたから、回復されれば耐久度も回復されるよ』

 

 再びラリーの説明が途切れると、今度はアシスタンツからトンファーを受け取った好がチャーリーに迫る。手の中で回したトンファーを彼の頭に打ちつけるのを始まりとし、二撃、三撃、四撃、と連撃が始まる。武の心得のない者たちにはすでにその回転の速度は追えず、風切り音だけがその行動を教えてくれていた。

 

 ややあって、見えている者たちが数えている連撃数が50を数えだした頃、チャーリーを包んでいるバルーンに変化が訪れる。半透明だったはずの色に、赤みが帯びだした。

 

『ご覧の通り、ダメージの蓄積が増えて半分を切ったぐらいからバルーンに色味が出る。そして耐久度を越えたら』

 

 好の連撃が佳境に入る。上下左右とトンファーを繰り出す位置を変えては打ち出し、チャーリーが体勢を揺らがせたその瞬間、両手のトンファー回し、牛の角のように先端を相手に向けた。間を置かずに勢いを乗せて突進すると、その途端にチャーリーのバルーンは真っ赤になり弾けた。

 

 すると、チャーリーの姿はその場から消える。一体どこへ、と皆がざわめく中、ラリーは淡々と説明を続けた。

 

『このように弾けて、中の人物はあそこ――メインステージとこの会場の境に作られたスペースに飛ばされる』

 

 言うが早いか瞬間移動のようにチャーリーがそこに現れる。感心した者から拍手がもれる中、ラリーはふっと機嫌のよさそうな笑みを浮かべた。

 

『ふふ、こんな感じだよ。耐久度テストは完璧だから安心していい。フェランド君の魔法にも通常通り作用したからね』

 

 フェランド。この宮でもっとも破天荒で天才的な魔法使いの名前が出され、一同は一瞬にして安堵を覚える。そして、改めて好とチャーリー、そしてラリーに拍手が送られた。ラリーには、先ほどの怯えようが嘘のような堂々とした態度にも感心していたのだが、拍手が始まって3秒と経たないうちに彼は小刻みに震え出し、かと思うと、熊のぬいぐるみを抱き上げて立ち上がった。

 

『じゃじゃじゃ、じゃあ、お、おお、俺はこれで帰るね。頑ば、張って』

 

 ピンマイクをアシスタンツのひとりに押し付けると、ラリーは脱兎の如く駆け出す。チャーリーの怒りの声が響く中、大丈夫なのは開発したものに熱中している間だけのようだと住民たちは理解する。

 

 とにもかくにも一番重要な部分の説明が無事に終わったので、マイクを切っていた謝は一度息を整えてから再度マイクの電源を入れる。







                             



戻る


風吹く宮(http://kazezukumiya.kagechiyo.net/)