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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 奇妙な浮遊感が一瞬あったかと思えば、レギナルトは鳥たちが鳴く明るい森の中に立っていた。元の世界では考えれらないような不思議な技術に驚きと興奮を覚えて楽しげに周囲を見回してから、レギナルトは現実を思い出し頭を抱えてうずくまる。

 

「えーと、つまりこれはあれっすよね。仲間を増やして周りの敵を撃破してくってゲームなんすよね」

 

 謝の説明を頭の中で何度も繰り返し、レギナルトは戸惑った様子を見せた。説明が理解出来ないほど弱い頭ではないのだが、理解出来るからこそ辛いこともある。そっと彼が自身の手で触れたのは腰の後ろに装備しているサブストライクという対人用の銃だ。武器も持って来い、と言われたので、さすがに実弾はまずいだろうとこちらを持ってきた。あとはナイフが一本、腰の横に装着されている。

 

 通常であれば備えよし、もしくは足らないと思うところであるが、深いため息を吐くレギナルトのそれはその真逆。武器に対する“過剰”を思ってのものだ。

 

「………………無理! 無理っす! だってあの子どーー見ても普通の女の子じゃないっすか! あの蛙の子も怯えてたし、撃つとか斬るとか無理っすよ」

 

 レギナルトは獣や悪漢の相手が主な仕事である猟師という職業についている。生来の優しい性格も助け、たとえ遊びでも、たとえ無事が約束されていても、戦えない相手に武器を向けることは抵抗が大きかった。

 

「ううう、でも動かないと他の皆さんも遊べないし……」

 

 特別ルールのせいでいまいち納得出来ないが、住民たち全員による交流を目的としたイベントだと聞いている。それを個人の良し悪しで阻んでしまうこと。それもまたレギナルトが悩む原因であった。

 

 しかし、口に出した瞬間、レギナルトは天啓を得たと言わんばかりに表情を晴れさせて勢いよく立ち上がる。

 

「そっか。人を増やせばいいんすね! そしたら戦える人も増えるだろうし、あの子達のお友達が引ければ裏切りシステムで仲間も増やしてあげられるっす」

 

 本来であれば憎い機能を「これぞ」とばかりに扱うことを決めると、レギナルトは勇んで歩き出した。

 

 その様子を、作戦流出を防ぐため戦闘時以外は音声を切られているモニター越しに見ていた同一世界の仲間たちは、騒がしいクリフの実況を聞きながら「何か阿呆なことを考えていそうだ」と笑い合っているのだが、今の彼には知るよしもない。

 

 猟師稼業1年のまだまだ乏しい経験を頼りに歩き出し、レギナルトは周囲に視線を巡らせる。そしてその視線は、池のすぐ近くに転がる苔むした岩に向いた時にふと止まった。視界に映るのは自然の中に在るには違和感を放つ真っ白のカード。

 

「あ、あれっすね」

 

 早速目的の物を発見出来たレギナルトは上調子にそれに近付くと、何の躊躇いもなくそれを拾い上げる。

 

「仲間にするっす」

 

 一切の逡巡も見せずに取得を宣言するレギナルト。彼には聞こえていないが待機会場ではその思い切りの良さに笑いすら飛び交った。

 

 しかしその一方では、彼が呼び出すことを宣言した相手が誰かに気付いた者たちが顔を引きつらせる。運がいいのか悪いのか、単純明快な性格のレギナルトは手にしたのだ。こういう企画で妙に輝く、アクマの智謀を。

 

 宣言を行った直後、レギナルトの前の地面に光の円が現れた。それはさらに光を集め、2〜3秒ほどで人の形を作ると、一瞬にして爆発したかのように弾け散る。そして集まった光が霧散した下から現れたのは、黄色いカチューシャで前髪を上げた背の低い人物であった。細身で小柄、少女のような顔立ち。さらに緩めのパーカーを着ているため、レギナルトは性別を判断するのに迷って固まる。

 

 彼が尊敬する猟師であるアニカはこの人物同様一目で男女の別がつかないタイプであり、下手に間違うと恐ろしい目に遭うことになる。その体験に足を引っ張られて酸素不足の魚よろしくな状態になっていると、早速状況判断をして周囲を見渡していた彼の人物はレギナルトに向けてにっと柔らかい笑みを向ける。

 

「はじめまして。僕、菱木(ひしぎ) 和俊(かずとし)です。カズって呼んでください。あと、迷ってるっぽいから言っておきますけど男ですよ」

 

 人懐っこい笑みを浮かべる彼に、その雰囲気と性別が明らかになったことへの安堵でレギナルトはほっと息を吐いて表情を柔らかくした。

 

「あ、すいませんっす。俺レギナルト・スタームっす。どうぞよろしく」

 

 爽やかな笑顔で手を差し出され、少年こと和俊はまた笑ってその手を取り握手を交わす。すると、突然ふたりの前に小さなスロットが現れた。空中をふよふよと漂うそれに目を向けて何事かと驚いていると、突如クリフの声が響く。

 

『早速レギナルトが仲間獲得したから追加説明いくぜー。全員チェキラ。えー、今回の企画、仲間を増やすたびにこのスロットマシーンが出てくる。んで、このスロットマシーン回して当たったものがアイテムとして支給されることになる。はずれはなしだが、使えるか使えないかはまあ使い手次第だ。んじゃレギナルト、早速スロットスタート』

 

 促され、レギナルトはスロットの脇にあるハンドルを握ると、思い切り下に引いた。リールが回り出すと、開始前に3人目の大将騎を選ぶ時に流れた音楽が流れ出す。ちかちかと点灯するひとつだけあるボタンを押すと、その回転は緩やかになり、やがて止まった。

 

 表示されたのは「ルールブック」という文字。それを視認すると、その瞬間にスロットマシーンは姿を消し、代わりにコルク栓を抜いたような音と白い煙とともにレギナルトの手元に一冊の薄い本が落ちてくる。同時に落ちてきたのは肩掛けの小さなポシェットで、そちらには「大収納ポシェット」と説明タグがついていた。「何でも入ります」という説明書きを見るに、恐らく獲得したアイテムをしまっておけということなのだろう。

 

「いいんだか悪いんだか、って感じ――っすかね?」

「うーん、でも作戦立てるのにはいいんじゃないですか? 見せてくれます?」

 

 出された手に素直にルールブックを渡すと、和俊はぱらぱらとページをめくりだした。レギナルトは彼の上からそれを覗き込む。開会式に謝が喋っていた内容が文字として羅列されているのを何となく確認していると、不意に和俊がページをめくる手を止めた。どうしたのか、と思って尋ねると、和俊は特別ルールの“ある項目”を細い指で示す。

 

「あれ? こんなこと開会式の時に言ってなかったっすよね? 言い忘れたのかな」

「謝さんが? まさか。言わなかった(・・・・・・)んですよ。あえて(・・・)

「でもこんな……」

 

 危ないことを、と続くはずだった言葉はにっこりと笑った和俊の笑顔に封じられた。

 

「じゃ、次の仲間を獲得しに行きましょうか。僕一般世界の人間だから新原さん……あ、3人目の大将騎の子ですよ。と同じくらい弱いですから。ほら、急いで急いで」

 

 レギナルトが持ったままだった大収納ポシェットを受け取り、その中にルールブックを入れると和俊は自身でそれを斜に提げる。促されたレギナルトが気合を入れて素直に歩き出すと、その背後で、和俊は先とは打って変わった笑みを閃かせた。一昨年、大人対子供という不利な状況を覆すために暗躍したアクマのひどく楽しげな笑みは、カメラにも背中を見せるレギナルトの目に映ることなく影に消える。

 

 







                             



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