<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> |
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”すぎる”が付くほど広いステージで、カードを獲得することはなかなかに困難なことである。それでも最初からゼロではやる気の問題にも関わるため、運営側は実は初期配置のすぐそばにランダムでカードを配置していた。ロナルドは崖を降りるという危険な行動をとっていたが、実はあれだけ歩き回らなければ彼は降り立ったすぐ近くで別のカードをみつけるはずだったのだ。 それでも多少は歩き回ることを運営は予測していた。そしてその点を考えると、ステージの中央付近にそびえる天を貫かんばかりの大樹の根本に現れた新原樹里はひどく幸運である。 彼女が移動を認識した、まさにその瞬間、足下にそのカードを見つけた。もちろん反射的にしゃがみこみ手を伸ばした樹里であったが、その後彼女は固まってしまい、レギナルト、ロナルドの陣営に仲間が増えてもなお動けずにいる。 理由は至極単純なものだ。 このカードには住民の名前が書かれている。それが大将騎が取捨選択を行う唯一にして絶対の情報だ。他のふたりは「とりあえず仲間を増やそう」という考えであったため名前も見ずに取得を宣言したが、樹里にはそれが恐ろしくて出来なかった。 (……怖い人だったらどうしよう) 元より人付き合いがうまいとは言えない樹里は外部の世界の友人はひどく少ない。もっと言うと、皆無と言ってしまってもいいかもしれない。よく知らない相手と一緒にこの企画中ずっといることになるのに、それが苦手とする人柄の人間だったら目も当てられない。 ならば名前を見て、記憶を振り絞って取捨選択をすればよいか。しかしそれも樹里には出来ない。 (でも名前見ているとかいらないとか言うと傷付けちゃいそう……) もしも樹里が拾わなかった後でこのカードを他の誰かが拾って、その本人が「ああ自分はいらないんだ」と思ってしまったら。そんなことを不安に思えばそれも怖くてカードをひっくり返すという単純な作業すら樹里の心は止めてしまう。 待機会場ではそんな彼女の様子を見て友人たちや兄貴分たちがそわそわと落ち着かない様子を見せ、他の面々もまた祈るように彼女の動向を見つめ続けて散る。 どうしたらよいのか。迷って、迷って、迷って、鳥すらも油断して近付いてくるほど固まっていると、樹里は不意にぎゅっと目をつぶった。 決意したらしい樹里に、彼女を気にかけていた待機会場の面々は同時に祈り始める。どうか彼女が怖がらないで済む相手でありますように。間違っても風吹く宮大人げない大人代表のレイギアなんて引きませんように。 様々な思いが交錯する中、樹里はしゃがんだまま、すがるようにカードを握りしめ、か細い声を絞り出した。 「……仲間に、なってください……!」 取得を宣言すると、樹里の前に光が集まり始める。ぎゅっと目をつぶって現れる人物の声を待つ。光が弾けた瞬間、樹里本人よりも会場の者たちの方が先に安堵の息をもらした。 顔を上げられないでいる樹里の肩を、細い手が気遣うようにぽんぽんと叩いてくる。一度身体を震わせてから、樹里はそっと視線を上げた。そこにいたのは、ひとりの少女。樹里と年は近いだろうが、柔らかな黄緑色の双眸と鮮やかなオレンジ色の髪色は彼女が異界の人物であることを教えてくれる。 胸の白い布に金糸で八枚花弁の縫い取りがされた紺色の修道服に身を包んだ彼女は、樹里が目を合わせると優しく微笑んだ。 「こんにちは樹里ちゃん、去年の運動会で同じチームだったんだけど、ウチのこと分かる?」 問いかけられ樹里は固まってしまう。ただ知らないだけでも失礼なのに、相手は自分のことを知っている上に去年のイベントでは顔を合わせているらしい。無理やりに記憶を辿りその姿を探そうとするが、焦れば焦るほど思考は彼女の姿を樹里の手から遠ざける。 涙目になり次ぐ言葉を失ってしまうと、少女は少し慌てたように自信の胸の前で両手を振った。 「あ、大丈夫大丈夫。全然怒ってないし気にしてないから。ね?」 地面に膝をついて賢明に慰めてくる少女の言動と雰囲気に少し落ち着きを取り戻すと、樹里は小さく頷き浮かんだばかりの涙を手で拭う。そうしてから、改めて少女と向き合った。すると、心得ているのか少女は樹里が尋ねるよりも早く自己紹介を始める。 「ウチはケイティ・カーライルだよ。年確か同じくらいだから仲良くしようね」 「新原、樹里です……。こちらこそ、よろしくお願いします」 ぽそぽそとした声であるが、しっかりと樹里が応じると、少女ことケイティは安心したように気を抜いた。ケイティは樹里の動向を心配してスクリーンに釘付けになっていたうちのひとりだったのだが、正直ケイティが普段から関わっている仲間たちとは180度性格の違う彼女に戸惑う部分は確かにある。しかし関わろうとする意思を見せてくれるならケイティも諦めることはないと判断した。 安堵したケイティがにこにことしていると、不安で縮こまっていた樹里の心も少しほぐれたらしく、僅かではあるが表情から固さが抜ける。 その時、ふたりの前にスロットマシーンが現れた。ケイティに促され樹里がスロットを回す。止めるタイミングを迷ってしばらく陽気な音楽に包まれること1分。ようやく停止のボタンが押され、間もなくリールが止まった。 そして当選したものを手にした樹里とケイティは、きょとんとした顔を見合わせる。 「「……海苔……?」」 当たったのは真空パックに入った、間違うことなき食用海苔であった。 「え、え? こ、これでどうしろと?」 「……非常食?」 明らかに「はずれ」であるアイテム獲得を受け、樹里とケイティは何とも言えない表情を浮かべると、次には力の抜けた笑みをお互いに向ける。 「あはは、これ渡して見逃してもらうのかな?」 「焼いたお餅も取れたら……出来るかもね。あ、ですね」 思わず敬語が抜けて慌てて口を押さえて付け足す樹里にケイティは何ともない様子で笑った。 「普通に喋っていいんだよ。これから一緒に頑張るんだし、気楽に喋ろうよ。ね」 世界に愛を伝えた、という伝承を残す神の一柱である女神アルファローネ。それがケイティが信仰する神の名だ。その教えを守る敬虔なる僧侶であるケイティでなくとも、それは息を吸うほど簡単な言葉であっただろう。現に、これと同じ台詞を別の場所でエルマがロナルドに向かって告げている。 だが、樹里にはそれがとてもとても優しい言葉に聞こえた。先ほど申し訳なさゆえに浮かんだ涙とはまた違うそれが浮かびかけるが、瞬きをして瞼の向こうにそれを押し込めた。そして、ぎこちなくではあるが確かに微笑んで見せる。 「う、ん。ありがとうケイティさん」 僅か前に無意識に浮かべたものと違い、それは樹里の意思を持って作られた笑顔であり、受けたケイティもまた嬉しそうに笑った。そんな彼女たちのやりとりを、クリフが待機会場でいつもの過剰解説をして伝えていた。その途上「いいかげん喧しい」と去年の玉入れの玉を投げつけられて止められることになるのだが、それはまた別のお話である。 「よーし、じゃあまずは仲間を見つけよう。ウチ回復と防御は出来るけど戦えないの。誰かいないと本当にすぐに負けちゃうや」 「う、うん……」 意気込んで歩き出そうとするケイティの横で、海苔をポシェットにしまっていた樹里は歯切れの悪い返事をした。最初の仲間は幸いなことに優しい人物であったが、この先もそれが続くとは限らない、と思うとまた恐怖が胸で踊りだす。 視線を下げていると、ケイティが再度樹里と真正面から向き合った。 「レッツポジティブシンキング!」 怒鳴るのではなく大きめな声ではっきりとケイティはそう唱える。突然の行動に何事かと樹里が驚いていると、ケイティは少し照れたように笑った。 「えへへ、ウチの仲間の口癖。自分で言うのはちょっと恥ずかしいかも。――でも、いい言葉だよね」 ラルム・エーデルフェルト。罠には90%以上引っかかる。道を選べば確実に悪い方に進む。めったなことではかからない状態異常に確実にかかる。それでもなお前を向くことを諦めない不屈の騎士こそケイティの言う「仲間」である。 「大丈夫だよ。戦う人でも優しい人はいるから。本当に駄目になったら逃げちゃうとして、今は人探しゲームのつもりで楽しもう?」 宝探しの要領でさ、と付け足され、少し考えてから樹里は小さく頷いた。戦うための誰か、であれば恐ろしいが、確かにただの人探しなら宝探しと同じ感覚を覚えられる。時間が経てばどこかで新たな大将騎が出てきて降伏も出来るかもしれない。 ケイティが唱えたばかりの言葉に後押しされ、僅かながら樹里は前を向く。そんな彼女にもう一度ケイティが笑いかけてから、ふたりの“人探しゲーム”は始まった。 |
風吹く宮(http://kazezukumiya.kagechiyo.net/)