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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 どこからともなくチャイムの音が鳴り響く。反響すらも消えた後、クリフが放送で「30分ごとに鳴らす」と付け加えてきた。ということは、もう開始から30分が経過しているということ。

 

「結構早いねぇ、時間経つの」

「オレらあちこち回ってっから余計かもなー。ま、こっからはそんなほいほい動けねぇけど」

 

 (さきがけ)に立つロナルドが誰にともなく口にすると、殿(しんがり)のエルマが応じる。しかしその声には僅かに不機嫌が混じっていた。その対象が自分でないと分かっていても、ロナルドは前を向きながら苦笑してしまう。名前も見ずに呼び出したのはロナルドとエルマであるのだから、このような対応は本当はよろしくないのだろうが。

 

 今、ロナルドの仲間はエルマを除いて3人増えた。別軍も含め(、、、、、)連続での獲得に本人たちよりも待機会場の面々の方が盛り上がっている。

 

 エルマの次に呼び出したのは、赤に近いオレンジの髪と茶色の双眸を持ち、オレンジのラインが入っている青いローブに身を包んだ少年ことジェイムズ・トウェインだ。まだ若輩だが魔法使いであり、赤い水晶玉のような物がついた杖を手に現れた。エルマより小柄だが年はロナルドと同じ15才だという。温和な少年で、ロナルドはすぐに仲良くなったがエルマは微妙な顔をしていた。

 

 曰く、弱くはないけど強くもない、だそうだ。はっきり口に出すものだから少し焦ったが、ジェイムズ自身が大変友好的な人物であるため、「ちゃんと頑張りますよ」と笑顔で張り切ってくれた。今も、エルマの不機嫌に気付いてロナルドと同じ表情を大きな丸眼鏡の下に浮かべている。

 

 3番目、つい先ほど仲間にしたのはロナルドの友人であり同一世界の住人、アルバ・エスペランサだ。三日月と赤い玉、5枚の桃色の羽の飾りがついた緑色の布を黒に近い青の髪に巻き、緑を基調としたノースリーブのコートと茶色とオレンジの生地で出来た上着、腿の辺りに裾が来るジーンズに腰には斜めにベルトがかけられている。

 

 ロナルドの軍だと分かると安心したように笑った彼女の黒味がかった青い目は、今は少し困惑を浮かべていた。もちろん気にしているのは背後のエルマの不機嫌だ。それまでの間に溜まっていたエルマの不満は、戦えない、というアルバを迎えた瞬間ここまで引き上げられてしまった。

 

 アルバはそれほど人見知りをするタイプではないのだが、こうもあからさまなものには慣れていない。そもそもロナルドたちと会う以前の記憶を全て失っている彼女の人付き合い歴は、それこそ5歳の子供と同程度である。恐れるまではいかないが、アルバは今エルマにどう接していいか分からない状態にいる。

 

 かく言うロナルドもエルマの不機嫌にどうしていいのか分からないでいた。彼と同一世界の住人であるジーン・T・アップルヤードという男も似たように不機嫌を隠さない人物であるが、彼の場合はある程度暴れさせれば大人しくなる。しかし、エルマはジーンとはまた違ったタイプであった。さらに、この場の最年長がエルマである、というのがまた状況の悪化に拍車をかけている。

 

 ロナルドたちには知りえないことだが、エルマは彼の所属する騎士団では隊長という位についているが、いまだ年若く周囲にいるのは年上ばかりなのだ。彼らの世界における大きな戦いののち隊長としての自覚が深まり成長したとはいえ、浅慮癖と染み付いた性分はすぐに抜けるはずもなく、こうして時折子供じみた行動として現れる。

 

 常であれば年長の者たちがそれを言葉なり拳なりでたしなめるのだが、残念ながらこの場に年上はおらず、ましてエルマ以上に強気の者もいない。こうしてただエルマの機嫌が直るのを待つだけ――と、ロナルドが考えたその時、それまで黙っていた2番目に仲間にした少女が立ち止まり腰に手を当てエルマと向き合った。

 

 赤と金を基調とした袖の白い高そうな服と、高く結い三つ編みにして背中に流している豊かな黒髪に差した、同じく赤系統の良質な(かんざし)がその位の高さを示している。少女の名は(そん)(しょう)(こう)。明確な“王族”という存在が今のところひとりも出てきていない風吹く宮では高位に位置する呉の姫である。

 

 尚香は黒い目で強気にエルマを睨みつけた。

 

 

「エルマ・ウロンド! あなたいい加減になさい。先ほどから何ですかその態度は? 私たちに来て欲しくなかったのなら、あのような引き方しなければよかったのです。別の世界とはいえ、あなただって一軍を率いる将なのでしょう? 私の兄上たちだったらそんな態度とったりしません!」

 

 きっぱりと言い切ると、尚香は恐れた様子など微塵も見せずにエルマと向き合い続ける。元より孫家の血を色濃く継いでいるため尚香は気が強い。場が場であるため今までは黙っていたが、大概腹を据えかねたらしい。

 

 起爆剤になりかねない発言にロナルド、ジェイムズ、アルバが肝を冷やすと、落ち着くどころかエルマは9歳の少女相手に応じてきた。

 

「うるせーよちびっこ。どうせ戦いの役にも立たないくせに偉そうなことぬかすなっての」

「何ですって!? 女子供だからとなめないでちょうだい。私だって孫家の娘です。戦で役に立たぬなど僻見(へきけん)極まりありません!」

「こんなチビで細腕じゃちゃんとした武器なんて持てねぇだろ? 役に立てるっていうなら立ってみろよ足手まとい」

「足手まといなんかじゃありません!」

「どこが違うんだよチビ――――」

 

 尚香の不満に本気で言い返そうとしたエルマの袖を誰かが引く。何かと思いそちらを向けば、アルバが頬を膨らませてそこに立っていた。

 

「何だよ、お前も文句あるわけ?」

 

 喧嘩なら応じるぞ、というようなつっけんどんな問いかけにアルバは拗ねたような顔のまま口を開く。

 

「あります。そりゃあ私たちはエルマさんに比べたら弱いです。私なんて尚香ちゃんみたいに戦えるなんて言えません」

 

 『自身の世界(ほんぺん)で未使用の能力は使えない』。風吹く宮における絶対の制約の前に、アルバもまた無力な存在である。下手をすれば、常に鍛錬を怠らない尚香にすら勝てないだろう。だが。

 

「だけど、何もやっていないうちから私たちを否定しないでください。この企画が終わった後に“ほらみろ”っていうなら甘んじて受けます。だけどまだ始まったばかりです。今から、私たちを駄目だと言わないでください。私は、出来ないことよりやらないことを恥じなさいってヘレンさんに教わりました」

 

 真剣に訴えてくるアルバに、その声に、その言葉に、その眼差しに、その表情に、頭に血を上らせていたエルマは少し落ち着き、ややあって逆にばつが悪そうな顔をする。

 

 苦い沈黙が落ちると、最初にジェイムズがエルマが反省したことを察した。エルマは良く言えば素直で、悪く言えば単純な人物だ。世界は違えど何度か話をしたことはあるし、彼の同僚であるイユなどからも世間話のように話を聞くことがある。

 

 今は意地になって言葉が出てこないのだろう。ふっと頬を緩めると、ジェイムズはアルバの横を通り過ぎエルマの隣に立つと彼を見上げてにこりと笑った。

 

「エルマさん、僕も頑張って皆さんのことサポートしますから、今は仲良くやりましょう? こんなに人がたくさんいる宮で、僕らせっかく仲間になれたんですから」

 

 優しい笑顔を向けられたエルマは少し間を置いてから髪を乱暴にかき混ぜ、次いで大きく息を吸い込む。そしてアルバ、尚香、ジェイムズ、ロナルドに視線を巡らせてから、勢いよく頭を下げた。

 

「ごめん! 言い過ぎた。あと空気悪くしたのも悪かった」

 

 潔い謝罪にロナルドはほっとしアルバは表情を柔らかくし、ジェイムズは笑みを深める。尚香だけがその潔さについていけず少し複雑な表情をしている。

 

「そうだよな。一昨年のハロウィンだって和俊たちとかが頭使って反撃出来たんだもんな。そういう戦い方だってあるんだ。うん。そうだ」

 

 顔を上げひとり頷くと、エルマは先ほどまでの不機嫌が嘘のように快活に笑った。ロナルドにしてみればようやく元の彼に戻ったようでいっそう安心する。

 

「おいちびっこ」

「尚香です! ……何ですか」

 

 不機嫌そうに尚香が睨みつけると、エルマはその前に手を差し出した。尚香は目をぱちくりとさせそれを見つめ、もう一度エルマを見上げる。

 

「悪かったな。期待してる。握手って分かるか?」

「分かりますよそれぐらい。私たちの国にだって握手の習慣はあります」

 

 またむっと頬を膨らませてから尚香は差し出された手を握り返した。そして気付く。尚香よりも大きなそれは、武器を握り続けてすっかり固くなっている、ということに。武人の手だ。尚香は兄に仕える者たちを思い出して少しエルマに対する考え方を少し改めた。

 

「何とかなってよかった。あ、僕何もしてなくてごめんね。えっと、じゃあ進もうか?」

 

 大将騎だというのに何も出来なかった・何もしなかったことに若干の申し訳なさを浮かべつつ呼びかけると、それぞれの言い方での「気にするな」と是の返事をもらい、ロナルド軍は再び進軍を開始する。

 







                             



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