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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 他軍がステージの外周で次々に仲間を増やしていく中、中央付近を彷徨っていた樹里とケイティはようやく1枚のカードを見つける。大木と呼ぶには低く、低木と言うには高い木の枝に引っかかったそれを取るべく、背伸びをしたりジャンプをしたり石を投げたりとふたりはあれこれと手を打った。残念ながら樹里もケイティもお互いを背中に乗せて耐えられるほどの力はないので、結局最後には折れて地面に落ちていた細目の枝を拾ってきてつつき落とす。

 

 その間にも次々と別軍における獲得の放送が流れ、焦っていたふたりは喜び合い、そして改めてそれを手に取った。

 

「……この人は……?」

 

 書かれていたのは横文字の名前。他世界の住民との付き合いが薄いため名前を見てもいまいちぴんとこない樹里は、一緒にカードを覗き込んでいたケイティに問いかける。すると、ケイティは明るい笑顔を示した。

 

「仲間になってもらおう! この人優しいし、強いよ。ウチとは違う世界の人だけど、その点は大丈夫」

 

 どうやらケイティはこの名の主を知っているらしい。別世界であるのにこれだけの信頼を勝ち得ることができる人物であるのならば安心していいのだろう。樹里は頷くと、取得を宣言する。お決まりの光が現れ、やがて霧散し、名前の主は現れた。

 

 だがその瞬間、樹里は絶句し、反射的に硬直してしまう。

 

 現れたのはひとりの青年だ。上背があり体の厚みもある。身長は義理の兄(仮)の辰彦や兄同然な晴之たちと代わらないが、明らかに平時を生きる者ではない体つきだ。髪は赤銅色で、少しくすんだ緑色のバンダナとの境にある三白眼は同様の色をしている。

 

 しかし樹里がもっとも恐れたのはそれらではない。彼の右頬に走る、痛々しく三本並んだ大きな爪による傷跡だ。古傷のようだが、樹里には今出来た傷のように痛みを覚えさせ、同時にこのような傷を作るような生き方をしている人物なのかと思うと恐ろしかった。さらに青年が背中に負っているバスタードソードもまた彼女の恐怖に拍車をかけている。

 

「あーっと。大丈夫か?」

 

 樹里の様子に気付いた青年は少し困ったように首の後ろに手を当てて問いかけた。樹里は意思よりも素直な脊髄に従い身体を震わせると頷くことも首を振ることも出来ずに石像になってしまう。ケイティの待ってましたと言わんばかりの表情とは真逆の対応に青年は苦笑を浮かべた。

 

「怖いか? でも悪いな、隠せるものでもないんだ。なるべく見せないようにはするから、我慢してくれねぇか?」

 

 怯える樹里を、青年はまるで子供あやすような声で宥める。その時の申し訳なさそうな笑顔を見た樹里は、はっとして青年の服を震える両手で掴んだ。突然の行動に驚き一体どうしたのか、と顔を覗き込もうとした青年は、しかしこれ以上怯えさせまいとそれを留める。

 

「どうした?」

 

 なるべく優しく、彼が元の世界で相手にしている面々にかけるそれよりも穏やかに問いかけると、樹里は涙目でぷるぷると震えながら上を向いた。ぎゅっと唇を引き伸ばし色々と我慢している表情は、彼女くらいの年の娘がやるには少々人目を気にしなさ過ぎるもののように思える。が、勘違いでなければ彼女なりに頑張って歩み寄ろうとしているのだろう。わざわざそれを茶化すような真似を青年はしない。

 

 可能な限り目元に力を入れずに見返すと、樹里はぱくぱくと唇を動かした。聞こえない、というより、まだ何も言葉に出来ていないようだ。

 

 青年が根気強く待つことを決めた時、樹里の心の内を理解したのかケイティがその背中をぽんと叩き、その耳元で「大丈夫だよ」と優しい声で囁く。それに背中を押されたのか、樹里は少し深く息を吸い、そして言葉として吐き出した。

 

「…………偏見、持って、ごめん、なさい。仲間に、なって、くだ、さい……」

 

 それでもぽそりぽそりとしたもの。しかししっかりと最後まで言い切った樹里を見下ろし、青年はからっとした笑顔を緊張した面持ちの樹里に向ける。

 

「ガーリッド・グリフだ。職業はハンターで分類はノーマル。さすがにこの宮内じゃ勝てない相手のが多いが、こう見えて強いから安心しな。よろしくな樹里」

 

 謙虚なのか自信家なのか分からない発言を堂々とした青年――ガーリッドのその晴れやかな態度に、樹里はぎこちなくだが確かに微笑んだ。

 

「よーっし、ウチらも次の仲間ゲットするために頑張るぞー! あ、ガーリッドさん」

 

 気合を入れて拳を振り上げたケイティは、ふと思い出したように振り返り真剣な目でガーリッドを見上げる。首を傾げ「どうした?」と返す彼は、次の瞬間大きく噴出した。

 

「ミヤコちゃんが敵で出てきても裏切らないでくださいね。本当に」

「なっ、ケイティ、お前何言って……っ! う、裏切らねぇよ。そんな理由で裏切ったらただのアホだろ」

 

 本当かなぁとまだ疑った様子を見せるケイティと、必死に反論するガーリッド。そんな様子を見ていて、樹里は珍しく知っている名前を聞いてその姿を思い浮かべた。ミヤコ・サイジョウ。世界としてはガーリッドたちの世界と同じだが、大元は樹里たちと同じ一般の世界の少女だ。いわゆるトリップをしたらしい。あずきや輝介たちが珍しがって話を聞きに行った時に同席していたので覚えている。

 

 赤くなっているガーリッドを見て、彼がミヤコに思いを寄せていることが分かると、樹里は今度は自然に頬を緩めて笑いをこぼした。あれだけ恐ろしかったのが嘘のように、彼が身近に感じられる。

 その時、お約束のスロットマシーンが現れた。ケイティたちをちらりと見るが、どうやら確認と言い訳に忙しいようなのでそっとハンドルを引き、今度はあっさりとストップボタンを押す。

 

 当たったのは古い作りの、しかし美しい笛であった。横笛であるということは西洋の物だろうか、しかしそれにしてはどこか中華的な雰囲気を醸している。樹里は首を傾げつつ、そっとそれをポシェットの中にしまった。

 

 この時待機会場ではひとりの男性が樹里が手にした物を見て、溢れんばかりの殺気を醸し出し周囲の温度を著しく下げたのだが、そんなことを樹里が知るはずもなく。

 

「あ、スロット終わった? じゃあ本当に進もうか」

「お前な……ああもういい。行動で示す」

 

 簡単に話を切ったケイティにガーリッドは頭を抱えるが、すぐに切り替えた。こうして、樹里たちは再び仲間探しのための探索を続けた。


 今回最年長の大将騎が率いる軍が5人目の仲間を獲得したと放送が流れたのはこの直後である。







                             



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