戻る

                             



<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

13/70


 軍表の説明を受けて、まずガーリッドがその機能を実際に試した。ファンタジー畑の人間だが、彼の世界には機械があるらしくあまり抵抗無くそれを受け入れている。一方、機械、という存在が不思議なものであるケイティは目を丸くして感心した様子でそれを見ていた。もっとも、この高技術は機械の溢れた世界に住む樹里にも不思議なものなのだが。

 

「分かっちゃいたけどまた随分差がついたな」

 

 腕輪から現れた軍表の映像を見てガーリッドは苦笑を浮かべる。ロナルド軍が大将騎を含めて5人で、レギナルト軍は大将騎含めて6人。対して、ガーリッドが所属する樹里軍は大将騎を含めて3人だ。

 

 はじめて見る者が2人含まれているロナルド軍の戦力状況は分からないが、少なくともエルマとジェイムズは戦闘可能であり、エルマにいたってはその才能を“あの”レイギアが評したほどである。気を抜いていい相手ではないだろう。

 

 レギナルト軍で知らないのは大将騎その人だけであるが、龍真、ティナ、メーベルは戦闘可能であり、和俊の頭脳が恐ろしいのは学習済み、雪宏は単純な殴り合いなら女とは思えない力を発揮する。単体というよりも全体をもって気を抜けない軍であった。

 

「あ、カード」

 

 不意に樹里が小さな声を出して一方を指差す。その先を追いかけるように視線を巡らせると、確かに積み重なった丸太の上にカードが置かれていた。樹里がどうしようと言いたげな視線を向けてきたので、ガーリッドは軍表を消してさっとそこに上り始める。足場の不安定さも疑ったが、中々しっかり組まれており、大剣を背負いながらもガーリッドは特に危険を思うことなく再び大地に降り立った。

 

「お疲れ様〜。誰のカード?」

「おう。えっと…………うわ」

 

 労いの言葉をかけつつ近付いて来たケイティと、その後を続く樹里に一度顔を向けてから、ガーリッドは取っただけだったカードに目を落とす。そして、反射のように嫌そうな声を出した。

 

 一体誰か、と少女ふたりが顔を見合わせてからガーリッドが差し出してくれたカードを受け取りそこに書かれている名前を確認する。その反応は、樹里は誰だか分からず首を傾げ、ケイティは表情を引きつらせた。

 

「……誰?」

 

 ガーリッドとケイティの反応であまり手放しに喜べる人物ではないことを理解した樹里は少し不安げに問いかける。

 

「あーっと、この宮で多分一番厳しい人? かな」

「この人は……やめておこうね。戦える人じゃないし、何よりある意味魔物より怖いし」

 

 ガーリッド、ケイティと歯切れの悪い返答をしてくるので、樹里はそれを信じて頷きカードを近くの茂みに置こうとした。だが、そうしようとした瞬間突然召喚の時の光が出現する。

 

「えっ!?」

 

 樹里が思わずカードを取り落とし手を伸ばしてくれていたケイティの元に走り帰り、彼女に縋りついた。

 

「な、なに……?」

「えっ、取得されちゃってる!? 何で? 獲得なんて言ってないのに……!」

『はい獲得時特別ルールが発動したので説明するぜーい!』

 

 またもいきなり空中に放送が響く。そしてワンテンポ遅れてクリフの画像が空中に現れた。

 

『まずはおさらいだ。このゲームでは本来大将騎が取得を宣言しないと仲間が増えることはない』

 

 現にその証明としてレギナルト軍では綾穂が拒否されている。

 

『だが唯一そのルールが適用されない場合がある。それは、それまでに獲得したアイテムの中にその人物に関わり深い物がある時』

 

 関わり深いもの、との言葉にケイティとガーリッドが一斉に樹里に目を向けた。ケイティを獲得した際のアイテムは海苔。しかし、ガーリッドを獲得した時のアイテムをふたりは知らなかった。ちょうど、会話を興じていた時であったから。

 

 その視線を受けてびくりとした樹里は慌ててポシェットを探ろうと視線を落とす。だが、それよりも早く光が納まり、そこにひとりの人物が現れた。

 

 どんな恐ろしい人物が現れるのか、と思いきや、そこに静かに立っているのは細身の男性である。黒く長い髪を首の横で緩く結い、身につけているのは質のよさそうな漢装。どこか女性的な雰囲気のする顔立ちのため、ともすると女性とも見紛いそうだ。

 

 しかし髪と同じく黒色をした眼差しはひどく剣呑で、とてもではないが一応は「交流」と題されるこの企画に持ち込むべきではない空気を纏っている。

 

 ケイティもガーリッドも身を硬くしていた。この男性は決して強い人物ではない。三国時代に生きる者であり、孫家が収める呉の地に身を置いているものの体は弱く出仕はしていないと聞いている。それでもこの空気が、風吹く宮の子供たちならず気の弱い大人たちをも怯えさせるのだ。彼と似た雰囲気のある清風(せいふう)でももう少しとっつきやすい。

 

 男性は視線を軽く巡らせてから、真正面にいる樹里を見下ろした。ガーリッドよりよほど低く、ケイティよりも拳ひとつ分ほど大きい程度で、平均的な男性からすると低めだろう。だが、その人物の威圧感はそんなものに拠らない。勘違いではなく本気で、凍るような視線で睨まれた樹里は蛇に睨まれた蛙よろしく硬直する。

 

「私の笛を返せ」

 

 短く、しかしはっきりと男性が告げた。すぐには頭がその言葉の意味を理解出来ず、樹里は小さな声で「え」と取りこぼす。男性はその反応に苛立った様子を見せ周辺の空気は一気に重くなった。

 

「樹里ちゃん、さっきガーリッドさん獲得した時のアイテム。あれ出して」

 

 ケイティが肩を揺すって樹里に行動を促す。はっとした樹里は、慌ててポシェットを探り、丁寧に丁寧に、まるで数億の宝を扱うような慎重な手つきで男性にそれを差し出す。男性はそれを存外丁寧に受け取ると、自身の服の袖で一度拭き、目の高さにまで持ち上げて検分を始めた。

 

 それが終わるまでの間、樹里とケイティは抱き合い、ガーリッドは少し緊張した面持ちで重苦しい空気に耐える。

 

 そしてややあって、男性は小さく息を吐くとそれを懐にしまった。

 

「……ふん。傷はついていないようだな。それにしても人の私物を勝手に持ち出すとは、ここの主は相変わらず無礼なことだ」

 

 引き当てた樹里に、というよりも、男性はこのルールを考えた風吹く宮の主に対する怒りを煮やす。それでも厳しい空気に樹里たちが戸惑っていると、スロットマシーンが目の前に現れた。

 







                             



戻る


風吹く宮(http://kazezukumiya.kagechiyo.net/)