<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> |
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とりあえずやらなくては。樹里がガーリッドに促されハンドルを引くと、場違いなほど明るい音楽が流れる。いっそこのまま現実逃避してしまいたい、という願望が浮かぶが、ここで長引かせるとまた怒りを買いそうだ。樹里はおとなしく回転をストップさせた。 そしてその瞬間、リールが示した文字に、ケイティとガーリッドは一気に表情を明るくする。当たったのは「召集券」。この名前からして――――。 当たったアイテムがぽんと音と白い煙を出して樹里の手元に落ちてきた。それは一枚のカードであり、表には「召集券」、裏にはその説明が書かれている。 「えっと……『お望みの参加者を待機メンバー、もしくは別軍から召集します』。……だって」 「使おう! すぐ使おう! 周孝さん呼んで!」 「今使うぞ! 俊応さん以外ないからな選択肢は!」 樹里がアイテムの説明を読み上げると、ケイティとガーリッドが勢いこんで即使用を唱えてくる。 「え……ど、どっち……?」 ふたり分の名前を挙げられ樹里は困惑を示した。 「どっちも同じだよ。周孝さんってのが姓名で俊応さんは字だから」 そういえば中国の昔の人は姓名の他に字を持つのであったか。授業で習ったことを思い出しつつ樹里は納得して頷くと、とりあえず姓名を唱えることにした。 「周孝さんを、お願いします」 カードを握り締め使用を明言すると、カードは一度真っ白になると「周孝」という文字を浮かばせ、続いて通常の取得の光を放ち始める。その様子にケイティは安堵した長い息を吐き、ガーリッドもほっとした様子を見せた。樹里はそのふたりと、そして周孝を呼び出す、と聞いてから少しだけ緩んだ呂秀の様子にようやく少し心を落ち着かせる。 ややあって光が晴れた。現れたのはこれもまた漢装に身を包んだ男性だ。しかし先の男性とは180度は雰囲気が違う。がっしりとした体躯は堂々とした態度のためかいっそう逞しく見え、整った、とは言いがたいが目鼻立ちのすっきりとした男らしい顔立ちには快活な笑顔が浮かんでいた。腰に差した剣だけが、樹里の怯えを僅かに呼び起こしてくる。 「何だ何だ、伯真。お前また子供を脅かしているのか? お前たちすまんな。こいつは根は悪い奴じゃないんだがどうも他人を怯えさせやすいのだ。悪気はないから、勘弁してやってくれ」 現れた男性こと周孝は朗らかに謝罪した。その口調の気安さに凍てついていた空気は見る見るうちに緩和されていく。彼らの世界で周孝と男性は友人関係にある。人付き合いを好んでは行わない男性であるが、“ある理由”で彼を認めてからはよき友人なのだ。 子供たちが安堵した様子を見せると、最初の男性はむっとした表情で周孝を睨みつけた。 「俊応、お前はいつ私の保護者になった?」 「ははは、いつだろうなぁ。それよりお前、一回りは行かんだろうが、それぐらい違う子供たちが相手なんだ。少しは笑ってやったらどうだ? ほれ、こうやって」 最初の男性の不機嫌を軽く受け流すと、周孝は歯を見せた実に男らしい笑みをお手本のように男性に向ける。男性は「ふざけるな」と言わんばかりに周孝を睨みつけ顔をそらした。 「あ、あの……」 樹里がおどおどとしながら声をかける。蚊の鳴くような細い声に、しかし気付いた周孝はやはり明るい笑みを彼女に返した。不意に晴之とそれが重なり、樹里は反射的にほっとする。 「おっと、自己紹介が遅れてすまないな。俺は周孝。字は俊応だ。字で呼んでもらう方が俺たちの習慣としてはしっくりくるんだが、難しければ周孝の方でいいぞ。孫軍で伯長をやっていた」 伯長、というのは、確か小隊の隊長のような役割であっただろうか。それなりの立場にある人物らしい。 だがそれにしても、「やっていた」。過去形だ。樹里たちからすればもうずっと昔の話だが、彼らにしてみれば“今”の話であるだろうに。不思議そうな顔をする樹里に、周孝は肩を竦めた。 「赤壁の時に死んだ。ここにこうしているのも不思議な感覚だ」 恐ろしい単語に樹里は目を見開く。だが、おかしな話ではないのだ。この宮は樹里たちにとってもそんな“不思議な場所”なのだから。元の世界が自分たちの世界であるという認識はあるが、一方で、ここにいるのもまた普通のことのように感じている。不意に、以前同じ学校の面々と話をしていて「夢の中でもうひとつの生活をしている感覚」、という結論に至ったのを思い出した。 「まあそんなことはさておき、こいつはもうちゃんと自己紹介したか?」 話を切り替えるように周孝が明るめの声を出す。こいつ、と指したのは、もちろん隣にいる男性だ。指差された男性は周孝の指を乱暴に叩き落とした。こんな粗雑なことをするような人物には見えないのだが、彼の前だと少し態度が違うらしい。他以上に遠慮がない。 「えっと……」 「ああやっぱりしてないか。こいつは――」 「呂秀。字を伯真だ」 周孝が代わりに紹介しようとしたのを男性……呂秀本人が先んじる。「何だよ」「自己紹介くらい自分で出来る」目だけを合わせて周孝と呂秀はそんな会話を交わした。 「……あの、えと、呂秀さん、周孝さん。新原 樹里、です。あの、頼りない大将騎ですけど……よろしくお願いします……」 自身の紹介も済ませ、樹里は改めて呂秀と周孝に頭を下げる。 「はは、大丈夫だぞ。ちゃんと戦ってやるからな」 「とは言っても、戦力的にはやはりまだ不利だな。ただの戦ならまだしも、あの不可思議な力に直接対抗出来るのはそちらの橙色の髪の娘くらいだろう? 人が足りん」 安請負のように周孝が胸を叩くと、すかさず呂秀が厳しい現実を突きつけた。事実に直面させられ周孝は顎に手を当ててううむと唸りだす。思い出したのは一昨年のハロウィン企画だ。周孝は開始からそれほど経たぬうちに主である孫権に参加権を譲渡したため退場してしまったのだが、その後見物しているうちにその術の数々に舌を巻いた。 確かにあんなものを直接相手にするなど、いくら兵である周孝でも無理だ。 「ではやはりまずは仲間探しだな」 結論を周孝が口にすると、一同は納得したように頷きあった。すると、まるで見計らったかのようにスロットマシーンが出てくる。 倣い通りそれを回そうとするが、周孝が興味深そうにそれを眺めていることに気付き樹里は伸ばしかけた手を引いた。 「あの、よければどうぞ……」 「ん? いいのか? すまないな、向こうで見ている時から不思議だとは思っていたんだ。これか?」 確認しながら周孝はハンドルを引き、くるくる回るリールを眺めて気持ち悪くなったのを誤魔化すように頭を振ってストップボタンを押す。ケイティが「ウチもやりたかったー」と主張したので、樹里は次は彼女に任せようとそっと心で呟いた。 周孝が当てたのは冷気を吐き出す氷のような青い拳大の石だ。透明度がとても高く、一瞬本物の氷かと錯覚する。 「氷冷石だな。俺らの世界のアルプレイトっていう岩石のひとつだ。こんだけでかいとこのままでも何かに使えそうだな。ま、今はしまっとけ。溶けることはないから」 説明してくれたのはガーリッドだった。とりあえず不思議な石らしい、と判断し、樹里は言われた通りポシェットに氷冷石をしまいこむ。 こうして一気にふたりを仲間に加えた樹里軍は、さらに仲間を増やすべく再び歩き出した。 |
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