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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 まるで暴力のような乱暴な音が響き渡った。その音に各軍どころか敵に至るまでが警戒して動きを止めてしまう。

 

 その僅かな空白を逃さず、音の主――呂秀は深く息を吸った。そして。

 

「浮き足立つな、この愚か者ども」

 

 氷すらも恥じ入るほど冷たい声で一同を切り捨てる。

 

「戦い慣れぬ相手ではなく戦い慣れた相手と戦え。それとばらばらすぎる。集まれ。戦えぬ者は固まった方が守るのは易いだろう。それと、そこの阿呆ふたりは少し頭を冷やせ」

 

 大声ではないがよく響く声でそれだけ言うと、呂秀はまた黙り込む。敵勢が動き出したためにこれ以上は呂秀では声を届けられぬと判断したのだろう。しかしその空気は「早く動け」とばかり伝えてくる。

 

 それに最初に答えたのは彼の友人であり伯長という多くの兵を下に置く立場でもある周孝であった。彼は思い出す。戦場では焦れば死ぬのだ、と。

 

「よしっ、限定的に同盟を組むぞ! そちらの二軍は一度こちらに来てくれ! うちの面々はそう走れんのだ」

 

 今度は周孝が、戦場で鍛えた大音声で全軍に呼びかける。すると、聞こえたらしいレギナルト軍が動き、少し遅れてロナルド軍が動き出した。それでも先にたどり着いたのは身体強化を使って全員を運んできたロナルドであった。

 

「あの、すみません僕――」

「気にしなくていい。知らなかったのは罪じゃない。今はこの状況を打破することが先だ。いいな?」

 

 仲間を下ろし申し訳なさそうに謝罪を口にしようとするロナルドの肩を叩き、周孝は快活な笑みを浮かべる。その彼に安堵して、ロナルドは大きな声で返事をした。

 

「手を煩わせて申し訳ありません呂秀殿、周孝殿。ようやく落ち着きました」

 

 言葉通り落ち着いた様子で声をかけてきたのは遅れてたどり着いたレギナルト軍の秋菊である。彼女は周孝どころかこの場ではもしかしたら一番多勢を率いてきた将だ。最初こそ異常な事態に混乱していたが、一度落ち着いてしまえばその眼光は鋭く、呂秀と周孝に声をかけている間も油断なく敵を見据えていた。

 

「ティナさんと、えと、エルマ君? 落ち着いたっすか?」

 

 レギナルトが憮然として違う方向を見ながら武器を構えているティナとエルマに恐る恐る声をかける。返答は無言であったが、軽く振り返ったふたりの表情はとても似通っており、互いにばつが悪そうな様子を見せていた。阿呆ふたりと個別に追加されたのが効いているらしい。

 

 放っておきなさい、と龍真に言われてレギナルトは小さく頷きそれに従った。

 

「こっちに残るの誰だ? うちは和俊と雪宏? メーベルは折角ジェイムズいるんだからなんか魔法ぶっ放せよ。あとは、尚香とそっちの新入りとハイネルさんと、呂秀さんとそこで完全に使えなくなってるの……いてっ」

「ライナス君言葉選ばないとアデラさんに言っちゃうからね!」

 

 確認途中に辛辣な言い方をしたライナスは珍しく本気で怒ったケイティにつねられて身をよじる。彼にしてみれば嫌味というよりはただの事実だったのだが、アデラ・ボネットの名前を出されては素直に謝罪する他ない。5年間あれこれ説教を受けて彼女の恐怖は身にしみているのだ。……もっとも、この会話は待機会場に筒抜けなので彼は後でアデラに怒られるのだが。

 

「“(ぶつ)”の方の魔物と戦えるのはメーベルさんとライナス君とジェイムズ君とケイティさんとガーリッドさん。ただしケイティさんは後方で僕らの防御と前線の補助。ジェイムズ君とメーベルさんは少し下がって魔法に専念して。“(しゃ)”の方の魔者と戦えるのは対人戦が出来る人全員。でも慣れもあるから、トランプ騎士団のふたりは積極的に前に行って。……っていうのが僕の意見だけど。どう?」

 

 ひと通りの案を口にして、和俊は一同を見回す。

 

「それでいいだろう。あとは、少し場所を変えたい所だがこれだけ囲まれると難しい。戦えぬ者を中央に、円形に陣を組むぞ」

 

 襲ってきていた魔者を片付けながら馬超が付け足すと、一同は応じてそれぞれの役割に回った。その中央になるのは未だに過去の幻影に惑っている樹里だ。エルマが軽く舌打ちするが、ガーリッドに肘で突かれて咳払いで誤魔化した。

 

 再度戦闘が再開すると、尚香が震えている樹里に近づき彼女を抱きしめる。

 

「大丈夫ですわ。誰も怒っていません。もしまだエルマ・ウロンドが何か言うようでしたら私が成敗して差し上げます。ですから、大丈夫です」

 

 小さな手で、小さな身体で、怯える樹里を懸命に励ます尚香。その姿を見て、雪宏は彼女の頭をわしわしと撫でた。その隣では呂秀が場違いなほど優しい音楽を奏でる。

 

「――綺麗な曲ね」

「緩やかなる江の奏……あいつなりの慰めでしょう」

 

 龍真の呟きに答えるように友人の奏でる音が何を描くか口にしてから、周孝は大きく剣を古い魔者を一刀の元に斬り伏せた。一瞬音楽に気を取られた龍真も、同じように魔者に立ち向かう。樹里の影響で魔物よりも魔者の方が多く顕現しているようで、視界の埋める半分以上が人のような姿をしている。

 

 抜き放たれた剣が、槍が、湾刀が、次々にそれらを蹴散らしていく。魔物とばかり戦ってきた面々にはやりづらいかもしれないが、人を相手に戦ってきた者が多い現状、ある意味好都合であった。

 

 人と同じ姿なら、斬り方もまた、人と同じだ。







                             



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