<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> |
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「……何とかなるかな。でもやっぱり微妙……?」 自軍の大将騎が想像以上に年上依存症だったことはやや驚いたが、和俊は優勢な同盟軍の戦況を眺めてぽつりと呟いた。その手にはつい今しがたポシェットから取り出したルールブックが開かれている。 和俊が開いているページはアイテムページだ。そこにはエネミーシェイクの記載もあり、さっと目を通しただけで和俊はそれがこの元凶だとすぐに判断した。 「和俊、この状況はどういうものなのですか? 説明なさい」 聞こえていたらしい尚香が樹里を抱きしめたまま問いかけてくる。和俊は答えるように一度彼女に視線を向けてから、再度ルールブックに目を落とした。 「あのアイテム――道具は『エネミーシェイク』っていうもので、使用者の魔力に応じて出てくる敵の量が変わるみたい。今回はロニー君が使ったから物凄い量が出てきちゃってるんだ。多分、自然に終わるのは待っていられないと思う。核になる敵が出てくるからそれを倒すのが手っ取り早いみたい。他の敵より強力だって書いてあるけどどんなのが――!」 くるんだろう。そう続くはずだった言葉は飲み込まれる。代わりに一面を埋めたのは男女入り混じった悲鳴と、全てを焼き尽くさんばかりの強力な炎。バルーンが展開してくれたおかげで熱も痛みも感じないが、それでも目に見えて赤くなっていく最大の防御である参加証明証に炎に包まれた者たちは皆焦りを覚えた。 ややあって、ぱしゅんっ、と空気が抜けたような音がする。 そうして次の瞬間、炎の海から企画開始時に集められた待機会場にその身を移したのは雪宏、尚香、呂秀の3人だった。 「ちっ、やっぱりか」 自覚すると、雪宏はガシガシと頭を掻いて戻る用のスペースから歩き出る。すると、雪宏よりも小柄な、茶髪をふたつ縛りにしている少女――のように見える正真正銘の少年・絹塚 雅美が駆けつけてきた。そして雪宏の正面まで来ると、戦争から帰ってきた恋人を迎えたような抱擁を交わす。 「雪ちゃん雪ちゃん! よかった無事で。ひっく、僕もうどうなるのか心配で頭おかしくなりそうだったよぅ」 「ああ、悪かった。でもまみがあっちに行ったんじゃなくてよかったぜ。お前が危ないことになってるなんて耐えらんねぇからな俺は」 風吹く宮きっての性別逆転馬鹿ップルはこんな時でも絶好調だ。泣きべそをかくかわいい恋人の額にキスを落とすと、雪宏はその細い身体を安心させるように抱きしめた。 「うん……。でも、でもね。雪ちゃんカッコよかったよ! 僕ちゃんと見てたからね。樹里ちゃん守るために盾になってたから最初だったんだもんね。すっごくすっごくカッコよかった!」 満面の笑顔で賞賛してくる雅美に、雪宏は柔らかい笑みを返す。異常な事態とはいえ最初の脱落者になったことへの情けなさがあったが、彼が分かってくれているだけでその気持ちも治まった。 そう、いくら一般の人間とはいえ幼い頃から鍛えられ、喧嘩に身を晒すことが多い雪宏が和俊や樹里よりも早くに脱落するなどありえないことだ。それであってなおこの状況になったのは雅美の言うとおり、彼女が樹里を、正確にはプラスもうひとりを身を挺して守ったため。 企画的に見れば敵の大将騎がいなくなるのは喜ばしいことだが、怯えている女性にこれ以上の恐怖を与えるなど、フェミニストな雪宏には出来なかった。だから、結果に情けなさを覚えても自分がやったことに後悔はしていない。 それでも雪宏にひとつだけ後悔があるとしたら、結局彼女は守りきれなかった、ということだろうか。 雪宏がちらりと背後に向けた視線の先にいるのは、戻ってきた時の状態ですっかり俯き固まってしまっている尚香だ。彼女は雪宏が脱落した直後辺りに脱落したようで、雪宏がスペースから抜け出る直前ほどに戻ってきた。 何を思ってか固まっている彼女にどう声をかけていいか雪宏と、彼女の存在に気付いた雅美が悩んでいると、その脇を誰かが通り過ぎる。 「姫様」 人物――呉に仕えるひとりである女性、鄭仙星が声をかけると、尚香はちらりとそちらに視線を向けた。それでも黙している彼女と視線を合わせるように地面に膝をついた仙星は、今度は高い位置に来た彼女に柔らかく笑いかける。 「さすが文台様のお子、仲謀様の妹君です。樹里殿を守ろうとしたそのお心、行動、仙星は心から尊敬いたしますよ。お優しい姫様は、私の誇りです」 雅美が雪宏の行動を見ていたように、仙星もまた、尚香の行動を見ていた。あの中で最も年若いこともあるが、彼女は雪宏同様、樹里を守るように彼女の上に被さっていたためにこうも早く脱落してしまった。 仙星が心からの賛辞を口にすると、尚香は張っていた気を一気に緩める。そうすると目には大粒の涙が浮かび、沈んでいた表情が一変、しゃくりあげ歪んだ。しかし仙星がそれを目に映したのはただ一度の瞬きほどの間だけだ。一呼吸もしないうちに、尚香は仙星の首元に縋りつく。 「〜〜っ、悔しい、です。私だって、もっと役に立ちたかった……っ」 「十分に立ちましたとも」 「もっとです! もっと……仙星だったら、もっと戦えてたのに……」 「まあ姫様。もったいないお言葉ですわ。ですが姫様も十分に戦ってらっしゃいましたわ。樹里殿の心を守るために姫様がして差し上げたことは、決して無駄ではございません」 悔しがって泣く尚香を抱きしめ返し、仙星は思ったことを正直に口にしていく。あの時、一も二もなくまず樹里を慰めに行った尚香の行動を、仙星は本当に素晴らしいことだと思っている。たとえば自分があの場にいたとしても、最初にやるのは確実に敵と相対することだ。もはや武人の性ともいえるその行動を決して恥とは思わないが、怯えるより先に守り行った尚香の行動はそれに決して劣らない。 仙星の言葉に小さく頷くも尚香は彼女から離れようとしない。苦笑を浮かべると、仙星は彼女を抱き上げ元の席へと戻っていく。 それらの前には、雪宏と雅美のやり取りにも尚香と仙星のやり取りにも興味がない呂秀がすでに歩き出し自らの席に向かっていた。誰かを庇ったわけでもなく、ただただ体力と頑丈さのなさから呂秀は早々に脱落した。そのことを恥と思うような自尊心など持ち合わせていないので気遣いを込めて注がれる視線も気にならなかった。 最初に自分の席に戻ると、呂秀はまた何事もなかったように椅子に腰掛ける。姜珂が安否を問うとあっさりと「大事無い」とだけ答えた。 その時、呼び出される前は興味なさげにただ座っているだけだった彼の変化に数人が気付いた。席についた途端に、視線を上げメイン会場を映すスクリーンに向けたのだ。彼の性格を知る者が驚いた様子を見せているが呂秀は気にしない。特別な何かがあるわけではない。ただ、脱落の理由となる強襲の主が誰なのか、何だったのかを知りたかったのだ。 答えはすでにスクリーンに映し出されていたが、呂秀はそれが何か一瞬では理解出来なかった。 「……醜悪だな」 呟いた言葉が向けられるのは呂秀が知りたかった強襲の主。だが、呂秀は思わずそれから目を逸らしてしまう。呂秀の目に、ソレはあまりにも耐えがたいものだったのだ。 強襲の主はリザードソルジャーよりは小柄ながら人よりは2倍3倍は大きな何か。大きい、というよりは肥えている肉だるまと言った方が正しいかもしれない。顔も体も贅肉だらけで、シルエットにギリギリ残った人らしさからそれが魔者であるのだろうと呂秀は判断した。画面の向こうでエルマが過剰に反応している所を見ると確定かもしれない。 そんなことを考えながら、呂秀は椅子の背もたれに身体を預け、なるべく魔者を見ないように心がけつつスクリーンに目を向けメイン会場の音声を拾って流れてくる音に耳を傾けた。 |
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