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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 待機会場で事態は把握してきたアニカは後方からサブストライクで魔物・魔者問わずに正確な射撃で打ち抜いていく。ただし、対人用のそれは人外にはダメージを与えきれないのは分かっているのであくまで牽制、そして隙を作ることに努めた。それにあわせ、それまで後ろで応援に専念していたレギナルトも参戦する。アニカが来て気が大きくなったのもあるが、何よりも「サボるな」と恐ろしい目で彼女に睨まれたために。小柄で、ともすれば10代の少年にも見えるアニカだが、その実力はレギナルトでは足元にも及ばない人物だ。彼女に怒られるのは魔物たちと相対するよりもずっと恐ろしい。

 

 物理的な遠距離の援護はそれだけではなかった。前線に出る者たちとは逆に一度下がり全体が見渡せる場所まで出たマリーニアは、敵を一望しつつ静かに息を吸い込んだ。

 

「――――『我が名に従え。(くう)を裂き放て』――――」

 

 唱えられた契句に応えて金色の光が満ちる。敵軍が気付き彼女に向かうが、それはレイギアによって阻まれた。敵が次々に斬り捨てられる中、マリーニアは相棒を呼び出す。

 

「『月光の射手(ムーンライト・アーチャー)』!!」

 

 呼びかけに応じて現れたのは、帽子を目が見えないほど深く被り、踵につくほど長い金の髪を背中に垂らした狩人の姿をした女性だ。

 

 ほっそりとしたあご。高い鼻。ふっくらとした唇。帽子に隠れ半分しか見えない顔はそれだけ見ても造りが整っていることが窺える。全身からは月が纏うような柔らかな金色の光を放っていた。

 

 自身の背後に浮かんだ状態で現れた狩人の女性に微笑みかけると、マリーニアは大きく手の平を上に向けた。

 

「ウェルリー」

 

 名を呼びかけられた女性は同じくにこりとマリーニアに笑いかけると、乱戦の中に(やじり)を向けて弦を引く。そして、僅かの間も空けずにそれは放たれ、飛翔する間にその数を10、20、30と増やし、次々に敵を打ち抜いていった。

 

「す、すごい……! 何あれ」

 

 眼前にいた魔物が飛んできた矢に当たって消滅したことに、そしてこれだけの近距離にいたにもかかわらずロナルドをかすりもしなかった技術に、ロナルドは感嘆の声を上げる。

 

「あれは『月光の射手』っていう種族のリーブズだ。とにかく命中率に優れた狩人系だからな、マリーの姉さんの技術も相まって百発百中の腕前だぞ」

 

 答えを期待していなかった言葉に近くにいたガーリッドが背中を合わせながら教えてくれた。

 

「リーブズ?」

「俺らの世界で言うところの魔法みたいなもんだ。一個違うのは、あいつらがちゃんとした“生物”だっていうことだな」

「そうなんだ……うわっ!?」

 

 感心してマリーニアを見ていたロナルドが突然体勢を崩す。何かと反応しかけたガーリッドもまた、何かに足を取られて身を傾いだ。見やれば、巨大な蛇――ビッグスネークが足に巻き付いている。人型に気を取られすぎて忘れていたその存在に舌打ちして斬りつけようとするが、ロナルドと共に巻きつかれてしまって上手く動けない。

 

 ロナルドが力任せにその身をちぎろうと腕を伸ばしたその時、脇からビッグスネークの体が両断された。消滅したために解放されたガーリッドとロナルドは手助けの主に目を向ける。

 

「気を抜くな。まだ終わっていないぞ」

 

 そこにいたのは剣を携えた漢装の男性だった。顔には大きな傷がいくつもあり、首筋や腕にも傷が窺える。一目見るだけでどれほどの修羅場をくぐってきたのかが察せ、ロナルドもガーリッドも素直に謝し、頷いた。元来の性格がよい、といのもこの素直な反応の理由であるが。

 

 そうして援軍を含めた戦闘可能な面々が戦う中、援軍の中で唯一戦わない男がいた。ジーンだ。アルバは真っ先に前線に出るだろうと思っていた彼が何故か戦闘不可能な面々が集まる方へとやってきたことに疑問を覚える。

 

「ジーンさん? どうしたんですか?」

 

 問いかけるとジーンは「ちょっとな」と笑って彼女の横を通り過ぎた。何か企んでいそうな笑みだ、と思うものの、止める手立てを持たないアルバは不安そうに彼を見送る。その彼が止まったのは、和俊の前だ。

 

「よぉ、カズって言ってたか? 俺はジーン・T・アップルヤードってんだ。早速で悪いが、さっきのルールブック見せてくれよ」

 

 突然の申し出に、和俊は怪訝そうな表情を彼に向けて瞬時に思考を巡らせる。戦略的にいけばNOを突きつけるのが正しい選択だろう。これは様々なルールやアイテム、地図など様々なことが書かれている。そんなものを誰の軍に所属になったか分からない彼に見せるのは正直賢い選択ではない。

 

 まして彼はジーンだ。和俊が集めた情報が正しいなら、もっともこのような情報を与えてはいけない相手。だがそれと同時に彼がジーンであることが「見せなくては危険」と和俊に訴えてくる。恐らく彼は、和俊を潰すことを躊躇しない。たとえ、この状況でも。

 

「ん? 何だよ俺がどこの軍か分からないから迷ってんのか?」

 

 見透かされたように指摘され、和俊はあえて笑みを浮かべる。

 

「あ、あの和俊君? 彼、君の軍みたいだよ。援軍はね、エイラさんとアニカさんが樹里さんの軍。マリーニアさんとレイギアさんと周泰さんがうちの軍。そしてジーンさんは君たちの軍だ」

 

 ただならぬ気配を察したのか、即座に軍表を確認したハイネルが安心させるように見て取った情報を教えてきた。ありがたい情報に和俊はぺこりと会釈すると、ルールブックをジーンに手渡す。その途端にジーンは速読でルールブックに目を通した。

 

「…………ふーん」

 

 そして全てを読み終えると、ぱたんと閉じ、ひどく楽しげな笑みを浮かべる。その笑みを真正面に見た和俊はぞくりと全身を泡出てた。残虐なわけではない。ただただ、楽しそうなのだ。この上なく、何を考えているのか分からないほどに。

 

「とりあえずあいつ片付けてくるか」

 

 ルールブックを和俊に返すと、ジーンは飄々と歩きだし、戦う面々を素通りして最奥のブールに向かう。無論他の敵軍が止めに来るが、引き抜いた剣を振りぬくたびにそれらは障害にすらなれずに斬り捨てられていく。

 

 そして大した消費もないまま、ジーンはブールの前にたどり着いた。

 

「よぉ肉だるま。遊ぼうぜ」

 

 にやにやと嘲るような笑みを浮かべてそういうジーンに不愉快を覚えたのか、ブールは何も答えずに口を大きく開ける。その前には燃え盛る炎の球が生まれた。熱がたまるほどにそれは赤く煮えたぎり、周囲の熱が徐々に上がっていく。







                             



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