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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 呼び出された時と似た認識する間もないほどの移動が済むと、森の中にその身を置かれたアニカは小さく息を吐く。日常に戦いが組み込まれている彼女であっても、この不思議すぎる機能にはなかなかついていけない。

 

「もう少ししたらあたしも慣れるのかしらねー……」

 

 以前からこの宮に住まう者たちの様子を思い出してぼんやりと呟くと、アニカは気を取り直して歩き始める。とりあえず今は仲間を集めることを目的とした。ある程度の相手であればアニカの敵ではないが、先の戦闘でここにはアニカよりも強い者が何人といることが判明している。まして、相手の中には魔法使いというおとぎ話のような存在までいるのだ。そんな者たち相手に考えなしに突撃するほどアニカは馬鹿ではない。

 

「ああ、あれね」

 

 参加人数が激減したためにカードの出現率が上がったというのは本当のようだ。歩き出して5分とせずにアニカは木の枝にかかったカードを発見する。サブストライクで打ち落としてもよいのだが、すでに一度戦闘をこなしているためあまり無駄弾は使いたくないのが正直なところだ。

 

 辺りを見回し小石を見つけてくると、アニカはそれを投げつけカードを弾き落とす。

 

「えーと、何て読むのかし……あ、読めた」

 

 カードに書かれていたのはアニカの世界のそれとはまるで違う形態のものであり、一瞬それを読むことは困難なように思えた。だが、次の瞬間文字は自動的に翻訳され、そこに書かれている内容は自然とアニカの頭に入ってくる。

 

「取得します」

 

 特別何かを考えるでもなくアニカは取得を宣言した。もしももう少しどんな人物がいるか知っていれば深く考えるが、新参者である彼女にそれは出来ない。であれば、拾ってから考えるが一番効率的だ。

 

 取得の宣言がされると、お決まりの召喚の動作が起こり、光が晴れればそこに羽扇を持ったひとりの青年が立っていた。漢装に身を包み、羽飾りのついた冠をつけた細身の人物であり、背中に流した黒髪が光を弾いてとても美しい。

 

 服装的には龍真たちと同じ世界だろうが、見た感じ戦闘が可能な人物ではないだろう。内心でそんなことを考えていると、青年はにこりと笑った。

 

「はじめましてアニカ殿。私は諸葛(しょかつ)(りょう)、字を(こう)(めい)と申す者です。どうぞ気楽に“孔明”と及びください」

 

 礼儀正しく身を曲げた彼にアニカも応じて頭を下げる。どうやら握手が最初の挨拶である国ではないらしい。

 

「はじめまして、孔明さん。どうぞよろしくお願いします。……不躾に失礼ですが、孔明さんは直接戦闘が可能な方ではないようにお見受けいたしますが、合っていますか?」

 

 言葉通り出会い頭に尋ねるにしては失礼な質問だろう。アニカもそれは自覚している。だが別に侮るために尋ねているわけではないのだ。戦闘可能であれば気を回さなくて済むが、そうでないなら彼を守りながら戦わなくてはいけない。後ろに気を回しての戦闘と気を回さないでの戦闘では心構えがまるで違う。

 

 人によっては侮辱と取られてしまいかねない質問だが、問われた諸葛亮はまた笑って返答した。

 

「はい、お察しの通り私には前に出て戦う力はございません。ですが」

 

 袖を払い、諸葛亮は指先で自身の頭を差す。そして、先の柔らかいだけのそれとは違う自身に満ちた笑みを浮かべた。

 

「この孔明、知にてあなたを支えてご覧に入れましょう」

 

 その瞬間、ただの大人しい青年かと思っていたアニカの認識は一瞬で書き換わる。浮かべられた笑みは深く静かな湖を思わせるほどに底知れず、真っ直ぐに向けられる双眸は不思議な輝きを秘めていた。

 

 アニカは知らない。諸葛亮という人物が、その神算で群雄割拠する時代を生き抜き、その名を歴史に残したということを。自身が手に入れた「(ふく)(りゅう)」がその時代どれほどの人物たちが渇望した存在であるかを。

 

 アニカが改めて頷くと、時機を計ったかのようにスロットマシーンが現れた。一度アニカが諸葛亮に目を向けると、どうぞ、というように羽扇で示されたので素直にハンドルを下ろす。そうして回り始めてすぐにアニカはストップボタンを押して回転を止めた。遊び心が少ないアニカとしては当然の行動であるが、待機会場ではちらほらと笑いがこぼれる。

 

 スロットマシーンが消えるのと同時に現れたのは眼鏡であった。しかし覗き込めばそれに度は入っておらず、視界が歪むことを覚悟していたアニカは少し拍子抜けしつつもそれを一緒に出てきたポシェットにしまう。割れないだろうか、というのだけが心配だ。度が入っていないとはいえ好んで物を壊す趣味はない。

 

「時にアニカ殿、貴女には得意な地形はございますか?」

 

 アニカがポシェットにしまった眼鏡を心配するような様子を見せていると、諸葛亮が口元を羽扇で隠しながら尋ねてくる。

 

「そうですね、強いて言うなら森の中です。猟師をしているので、仕事中は基本的に森の中ですから」

 

 アニカたちの世界――というよりアニカが住まう地域では猟師は自治体の役割も担っているため、森の中だけではなく平地や町中でも活動する。海辺の町の猟師たちは森よりも町中の方が得意だろう。

 

 しかしアニカは森と生きる町・ヴァインシュトックの猟師でありもっとも多いのはやはり森の見回りだ。

 

 アニカの答えを受け、諸葛亮はにこりと笑う。

 

「では私たちはこの近辺を中心に動きましょう。天の時、地の利、人の和と申しますように、下手に動き回るよりは得意な地形で戦った方がいい。ひとまずは近辺を周り、仲間の収集と、可能ならば罠も張ってみましょう」

 

 言下歩き出す諸葛亮の案をアニカは素直に受け入れその後を追った。特別何か主張したい策がない以上、わざわざ反論する必要はないだろう、と。







                             



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