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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 すると、細く長い何か――1本の軟鞭――は一瞬で、片端にダイヤの形をした刃がついた鉄の棒へとその姿を変える。

 

「これでいいかしら? エイラちゃん」

 

 カードを取った主は胸にダイヤのマークの縫い取りがされた緑色の制服に身を包んだ紅梅色の髪と目をした人物だ。女性と見紛うほどの美貌を持ち、言動もまた女性じみた……母親じみた人柄だが、れっきとした男性である。名をイユ・キクラ。トランプ騎士団序列第3位の隊長ダイヤだ。

 

「うんうん。あっりがとーイユさん」

 

 にこやかに差し出されたカードを受け取ったのはエイラであった。彼女はこの大池から少しだけ離れた所に飛ばされ、その足元で彼のカードを見つけた。そしてつい先ほどロナルド軍を発見したのだが、完全に倒しきれる目算が立たなかったために手は出さなかったのだ。戦力的に不足はないのだが、ロナルドという半永久機関はエイラとイユには荷が重い。結果、エイラたちの目的も今は他軍同様人材集めである。

 

「えーと、お。いいカードかも。おいでませ〜」

 

 カードを高く掲げ開いた片手を腰に当て、同じ側の足を軽く上げてウインクまでつけたポーズでエイラは取得を宣言した。すると、光が集まり、弾け、そこにひとりの青年が現れる。

 

 漢装に身を包み、前髪を全て後ろに回し後頭部で二段に分けて髪を結っている男性は、ひと房ずつ顔の脇に垂らした横髪を揺らして左右を確認した。

 

「私か。まあいい、少し遊んでいくか」

 

 どこかやる気のなさそうな表情でひとり納得すると、男性は改めてエイラとイユに目を向ける。

 

「あんたらはエイラとイユだったか? はじめましてでもないが一応挨拶しておくか?」

「あはは、いいよー、(ちゅう)(たつ)さん。知ってるもん」

「そぉよぉ。お名前が司馬懿(しばい)さんで、字が仲達さんでしょ? 大丈夫よ。あたしたちだってちゃんと分かってるから」

 

 男性――司馬懿はエイラたちの返答に「そうか」と短く返事をした。彼は龍真たちと同じ世界・同じ時代を生きる人物であり、龍真たち劉軍でもなく周泰たち孫軍でもない曹軍に所属する人物だ。彼らの世界で起こる大規模な出来事において三国が同盟を結んだ際、ある戦いで龍真に力を貸したことから、現在宮にいる面々の中では龍真との交流がもっとも深い。

 

 自己紹介とは言えない自己紹介が済むと、エイラの前にスロットマシーンが現れた。エイラは待ってましたと言わんばかりに嬉々としてそれを始める。イユの時もそうであったのだが、とても楽しそうに回すため見ている側に微笑ましさを感じさせた。

 

「じゃっじゃーん。見て見て、これいい感じじゃない? あたし運よくない?」

 

 当たったアイテムにはしゃぎながら、エイラはイユと司馬懿にバケツのようなものを見せる。蓋がされたそれが何なのか最初は分からなかったふたりだが、彼女が蓋を外して中身を見せながら説明書きを読み上げると納得の表情を浮かべた。

 

「ふむ、これを使えばある程度の面々は討ち取れるな。だが先ほどの軍は大将騎の坊主が厄介だから、別の軍が対象だな。とりあえず、こいつらが一番使えそうな場所まで行くぞ」

「あら、どちらへ?」

 

 袖を合わせながら歩き出した司馬懿の横をイユが並んで歩く。司馬懿も低身長なわけではないのだが、180センチあるイユと比べると身長さが出た。しかし司馬懿は気にした様子もなく相変わらずのどこかやる気がなさそうな表情でひょいと指先を進行先に向ける。

 

「あの岩山」

 

 示された先にあるのは企画開始時ロナルドが最初に飛ばされた岩山だ。ロナルドが移動している間カメラはしっかりとその周囲を写していたため、エイラたちは全員があの地形を頭に入れている。正確に言えばエイラとイユはおぼろげに記憶し、司馬懿はしっかりと記憶していた。

 

「ねー仲達さん、あそこ行って何するの?」

「まずは待機だな。罠の準備をする」

「えーっ、攻めないの?」

 

 戦闘に意欲を燃やすエイラの不満な声にイユは微苦笑を浮かべ、司馬懿は呆れた様子を見せる。

 

「阿呆。攻めるばかりが戦じゃない。気を抜くなよエイラ。あんたには追い込むために働いてもらうからな」

 

 大将騎だろうとこきつかう。きっぱりと宣言されたエイラだが、頭を使って戦うよりも突撃派な彼女にしてみれば難しいことを司馬懿が一手に引き受けてくれるなら願ったりもないというものだ。

 

 素直なエイラの返事を最後に、エイラ軍は一路岩山を目指して進軍を始める。







                             



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