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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 龍真、馬超、そしてつい先ほど仲間になったばかりの黒髪の長い髪を首の横でくくっている赤の制服をまとった少年、ラルム・エーデルフェルトは口を開き呆然としている。彼らの視線の先にいるのは顔を両手で覆って地面に横たわりえびぞりになっているひとりの男性だ。帽子を目深に被った髭面のその男性は出てきた瞬間にこの世の終わりのような顔をし、龍真がスロットマシーンを終わらせた今でもこの調子で()()ったままでいる。

 

 自身たちよりも年長であるのが一目見て分かるため龍真も馬超もラルムも何も言えずにいた。何度か龍真と馬超は視線で会話しお互いに「声をかけろ」と押し付けあっているが、結局どちらも「嫌だ」と拒否するため中々話が進まない。

 

 ややあって、ようやく意を決したのかラルムが彼に声をかける。

 

「あ、あの。私は学術騎士団(アカデミックナイツ)下レシュエント騎士院五年生、ラルム・エーデルフェルトと申します。あなたは……?」

 

 もはや馴染みきったフレーズで自己紹介をすると、男性はそろそろと手をどかし、この短時間ですっかり老けきってしまった顔でぷるぷると震えながら自己紹介を返してきた。

 

「トルステン・ブルンスお役には立てません生まれてきてごめんなさい」

 

 一呼吸で謝罪にまで至った彼にラルムは対応に困り龍真たちに助けを求める視線を向ける。それを受け流石に無視するわけにいかない龍真がごほんとせきをして男性……トルステンに近付いた。

 

「ええと、私は蘇 龍真です。あちらは馬超。字を孟起と言います。トルス……トルステン殿? はあまり戦いがお得意ではないのですか?」

 

 慣れない国の名前に戸惑いつつ龍真が尋ねると、トルステンは勢い込んで身体を起こす。

 

「得意でないも何も! いや俺猟師だけどね? 猟師だけど万年E級っていう最低ランクを彷徨っているような男なわけよ。さっきの参加者選定の時に本当はトミーって奴と一緒に“不参加でいいよなー♪”とか言ってたのにお前らは出てこいってあっちこっちから言われて仕方なくこれなの。うおおおおおっ、俺が自信あるのは逃げ足だけなんだってばああああ!」

 

 ごろごろと転がり悶える40は超えていそうな男の姿に龍真たちは揃ってついていけずに固まってしまった。彼らは「大人はしっかりしているもの」であることが当たり前の世界に生きている。龍真や馬超などは特に体面が大事になる立場にあるため余計だ。こんな子供のように感情を明らかにするような年長者に初めて会ったため対応に困ってしまった。

 

 しばらく叫びながら転がりまくると、藪の近くまで転がったトルステンは不意にぴたりと止まる。そして狼もびっくりな速度で駆け返ってくるとあっという間に一番後ろにいた馬超の後ろに隠れた。

 

「ど、どうされたトルステ……ン殿」

 

 あまりの反応速度に驚き馬超が同じく名前に戸惑いながら背中のトルステンに尋ねる。

 

「呼びづらかったらトルさんでいいぞ龍真さんと馬超さん。……いや、そんな所じゃない。俺らの命ピンチ。マジピンチ」

 

 上手く発音出来ないらしい龍真と馬超に朗らかに笑ったかと思うと、トルステンは事態を思い出し一瞬で引きつった顔になった。トルステンの言葉の意味を龍真軍が理解するのはそれから3呼吸ほど後のことだ。

 

 龍真たちが飛ばされたのは小さめの泉の真横であった。周囲は木々に囲まれており、大樹のそばほどではないがある程度開けた場所だ。その近くでラルムを、少し歩いてトルステンを見つけた。運がよい、と思っていたがどうやらそれ以上の運も向いていたらしい。――見ようによっては運が悪い、とも言うが。

 

「最初の獲物はあんたらか。わざわざ俺のために下克上までしたんだ。もちろん強いんだろうな?」

 

 藪を掻き分け現れたのはターゲット――ジーン・T・アップルヤード。4人を前にしても余裕の笑みを崩さない彼に、龍真と馬超はそれぞれ応じるように好戦的な笑みを浮かべる。そして同時に前に踏み出し、お互いを睨みつけた。

 

「何、孟起? 私が先に下克上したんだから私が先よ」

「大将騎が負けたらまた戻されるだろうが。下がっていろ龍真」

 

 火花を散らし先陣を争う龍真と馬超を見て、トルステンは柄に剣をかけたままのラルムの後ろに隠れながら信じられないものを見るような目をする。

 

「はー、信じられないな。あんな化け物じみた奴とそんなに戦いたいのかね。俺には分からない感情だわ」

 

 誇りより命。断言するトルステンにラルムは苦笑した。

 

 一方、龍真たちのやり取りを見ていたジーンはくっと喉を鳴らす。

 

「別にふたりいっぺんにかかって来てもいいんだぜ?」

 

 完全に舐めきった台詞を堂々と吐き捨てられ、龍真と馬超は黙った。そして、示し合わせることもなく同時にジーンに目をやる。

 

「「調子に乗るな小僧」」

 

 怒鳴るでも叫ぶでもない冷静な声は、しかし重苦しい闘気を孕んで世に放たれた。刃のような視線が二対、ジーンに向かって惜しげもなく注がれる。背後にいるはずのラルムとトルステンは帯電でもしているような錯覚を起こさせる空気にぞくりと身を冷やした。

 

 しかし、対象となっているはずのジーンは恐れるどころか楽しそうに笑う。

 

「ははっ、いい目するなあんたら! どっちでもいい。俺と遊ぼうぜ」

 

 剣を抜き放ち構えるジーンを前に、龍真は踵を返し、馬超は槍を構えた。どうやら取り合いは済んだらしい。龍真はラルムたちの近くまで来ると再び身を返し対峙する馬超とジーンに目を向ける。

 

 その視線の中、何の躊躇いもなく剣戈は交わった。

 







                             



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