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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 最初に動いたのは馬超だ。鋭く突き出された槍の先端は僅かにそらされたジーンの顔の横をすり抜ける。顔面の真正面、丁度目の高さを遠慮なく突いてきたそれを避けると、ジーンは抜き放った剣を同じく突き出そうとした。だが、それは目的を果たすよりも先に刃先の向きを変えて真横から打ち付けられてきた槍を防ぐ。槍の柄と剣の刀身がぶつかり合った音が響くと、その残滓が消えるよりも早く馬超は槍を引き、再度突き出した。

 

 二度、三度、四度、五度。間断なく続く連撃はひとつの手の指の数を優に超え、両手の指の数を超える。ジーンはそれをひとつひとつ捌いていくが、突き出される間隔は回ごとに変わっており、時折受け手が早かったり遅かったりとタイミングが合わない様子を見せていた。

 

 連撃が20を超えた時、その手は止まった。ジーンの喉元を槍の穂先がかすったのだ。実力が拮抗しているため、バルーンは皮膚の少し上に薄く展開している。血の代わりに赤を帯びるそれを見て、ジーンは楽しげな笑みを浮かべた。

 

「へぇ、強いな。名前何て言った?」

「貴様のような輩に気前よく教えてやれる名など持たん。俺に勝った時にもう一度尋ねろ」

 

 問いかけを斬り捨てると、馬超は再び槍を突き出した。今度は時折引いては大きく槍を回し腕や足などを狙ってくる。槍はそもそも剣よりも優れた武器として戦場では愛用されているものだ。それだけでも攻撃範囲に差が出ているというのに、馬超の愛用の武器は通常よりも柄が長い。馬超が少し体の位置を下げればジーンの攻撃範囲を置き去りに彼はまだ攻撃が可能だ。

 

 少しずつ削られ、ジーンのバルーンは赤みを帯び始める。

 

「おっ、おっ。やるじゃねぇか馬超さん! こりゃあの怪物みたいなのに勝っちまうか?」

 

 優勢と見てラルムから身を乗り出して興奮した様子を見せるトルステン。しかし、残りふたりは彼の期待と逆の答えを出した。

 

「いえ、あの人強いですよトルステンさん。小さいダメージの攻撃は見逃してますけど、馬超さんが仕留めにかかっている攻撃は全部捌いてます」

「ええ……あれだけ自信を見せるだけのことはあるわ。一対一であの錦馬超が攻めあぐむなんて、私の世界でも中々ないことですよ」

 

 ラルムと龍真の表情の硬さを見比べ、トルステンはまたラルムの背中に隠れ直して馬超を応援する。

 

 その彼らの視線の先で、馬超の槍が真っ直ぐにジーンに突き刺さった。しかしそれは、バルーンではなく剣を持っていない彼の右手で止められる。

 

「残念だったな――おっ?」

 

 ジーンが驚きの声を上げた。その彼の体は地面から離れたと思うと半円を描く形で空を舞い逆側の地面に叩きつけられる。受身は取った状態から転がり立ち上がったジーンは、想像以上の事態にその表情をいっそう明るくした。

 

「おいおい、どんな力してんだよ。魔法も使えねぇ男が人を持ち上げて投げつけるなんて」

 

 馬超の体格はジーンよりもいい。だがその筋肉量の差はその見た目以上なのだ。見るからに大柄であり剛力(ごうりき)で有名な張飛(ちょうひ)とすら渡り合った彼が、剣を余裕で振り回せるとはいえどちらかというと細身なジーンを投げ飛ばすなど龍真から見れば驚く話でもない。隣の少年と中年は目を見開いて驚いているが。

 

 楽しげなジーンとは真逆に真剣に構え直した馬超からは闘気が立ち上る。傍らで戦いを見守る龍真たちが気付いたように、彼もまたジーンの計り知れない力量に気付いたのだ。先の猛攻とは打って変わり、馬超とジーンはお互いに相対したまま動かない。

 

 戦いの様子を待機会場で画面越しに見ている者の中に、どれほどいるだろう。この、一見すれば静かな睨み合いが放つ肌を刺すような空気に気付く者は。

 

 こうして目の前にすれば、龍真やラルムだけではなくその辺りの勘がにぶいトルステンすら「空気が痛い」と思わず口にしてしまう。徐々に徐々に呼吸をすることすら憚られるほどに場の音は消えていく。

 

 ややあって、僅かずつ動いていた槍の穂先と剣の切っ先が延長線上で交わった。

 

 場は瞬きほどの間で再び激流のような攻防で満たされる。今度はジーンが間合いを詰めて連撃を放ち、馬超が槍でそれを防いでいく。長柄の弱点とも思われそうな近距離での連撃を、槍と立てたり斜めにしたりと自在に操る馬超によって、ジーンの連撃はすべて防がれた。

 

 大降りに振り下ろされる一撃を、馬超は1歩下がって横からいなす。まるで退かせるのが目的のような大雑把なそれは捌くのに難くなく、ジーンの剣はあっさりと馬超の横に逸らされた。

 

 だが、地面に刃先がついたその瞬間、ジーンは手首を捻り土を跳ね上げる。攻撃、とはみなされなかったそれは顔の脇から馬超にぶつかった。咄嗟に目をつぶったために目潰しには至らなかったが、片目が塞がったがゆえに生まれた死角はジーンにとって十分すぎる成果であった。

 

「よっ!」

 

 言葉だけ聞けば軽い声だが、両手で剣を握り地面を踏みしめ腹部めがけてジーンが斬りつけてきた剣は想像以上の威力で馬超がぎりぎり差し込んだ槍とぶつかる。しかし端で受けたために槍は弾かれ回転して地面に突き刺さった。

 

 威力は大分減ったが鎧を着ていない生身の身体に剣がぶつかればただでは済まない。真剣勝負であれば胴が四分の三分かれていてもおかしくないほどの斬撃が馬超のバルーンとぶつかり、その色は一気に赤く染まる。

 

 馬超は目を見開き、ジーンはにっと歯を見せて笑った。

 

「よぉ。名前、今なら教えてくれるか?」

 

 問いかけた言下、ジーンは天に向いていた剣先を再び斬り下ろす。そしてその瞬間に馬超のバルーンは完全に赤く染まり、その姿は消え失せた。

 







                             



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