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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 軍表から馬超の名が消えると、ジーンの頭の上に数字が現れる。最初「500」と表示されていたそれは桁が早送りのように増え、「700」の値で止まった。さらに上に現れたターゲットマークの人形が彼の撃退後の価値が上がったことを伝えてくる。

 

「なるほどな。ひとり倒すたびにプラス200ってことか。ってことは、お前ら倒せば俺の価値はもっと上がってもっと周りが寄って来る可能性が高くなる、ってことだな」

 

 自身のおかれた状況をとことん楽しむように、ジーンは冷静に現状を分析した。ちらりと視線が向けられる。龍真が黒い鞘に納まった長刀を抜き放ち、ラルムが柄に手を当てた。トルステンはまだラルムの後ろに隠れたままだ。

 

 その様子に薄く笑みを浮かべると、ジーンは手の平を3人に向けた。魔法を警戒したその刹那、放たれた細い稲妻がラルムの顔の横を文字通り神速で貫く。間近に感じた熱。通り過ぎる勢いで生じた風に煽られた髪が少し焦げた臭いを放った。

 

 脅しだったのか。ラルムがそう思ったのは1秒にも満たないとても短い時間である。その横で、龍真がラルムの後ろに隠れていたはずの男性の名前を叫んだ。

 

「トルさんっ」

 

 驚いた声音のそれに反射的に振り向けば、そこにいるはずのトルステンの姿はなかった。ラルムが目を見開く中、彼の背後からはジーンの嘲笑に似た笑い声が聞こえてくる。

 

「弱ぇ奴の役割なんてこんなもんだな。いつもなら相手にしねぇが、今回が特別だ」

 

 ジーンの頭の上に浮かんだ数字がまた増え、今度は「900」と表示を変えた。そして人形がまた彼の価値が上がったことを伝えてくる。

 

「……私、お前みたいなの嫌いだわ」

 

 長刀を握り締め、龍真は静かに呟いた。だがジーンに突き刺さる視線は氷のように冷たく剣のように鋭く、少し前までレギナルトの軍で明るく笑っていた彼女とは別人としか思えない暴力的な空気を纏っている。

 

 待機会場にいる、普段の朗らかな彼女しか知らない者たちはその異常な雰囲気に知らず震えた。彼らは知らない。蘇龍真がかつて彼女たちの世界・時代において最強と謳われた武人に「自らと似た質の持ち主だ」と言わしめたことがあることを。血を被りすぎ黒の鎧をさらに黒くした彼女を見た敵によって「黒龍姫」という通り名が付けられたことを。

 

 空気が揺れる。一触即発の雰囲気が流れる中、最初に1歩踏み出したのは龍真ではなく隣にいたラルムであった。

 

「……ラルム君?」

 

 背を見せるラルムに少しだけ気を落ち着かせた龍真が問いかける。ただ前に立たれただけであったなら邪魔だと感じただけだっただろう。しかし龍真の目に映るその背中からは基本的に穏やかなラルムにしては珍しい怒りが感じられた。それに気付いたのは目の間に彼を置く龍真、そして、彼との付き合いが長い待機会場の面々だった。

 

「すみません龍真さん、先に行かせてください」

 

 それだけ言うと、ラルムは短い草を踏みジーンに近付く。残りあと数メートル、というところでその足は止まった。

 

「……ラルム・エーデルフェルトです。ジーンさん、私も、正直あなたの今のやり方は好きじゃない」

 

 オブラートには包んでいるがはっきりとした拒絶の言葉は、ラルムにしては珍しいものであった。友人たちや仲間たちが画面の向こうで驚く中、当のジーンは「へぇ?」と肩を竦めてまるで気にした様子がないように先を促す。

 

「私は騎士院生……騎士の見習いです。あなたも騎士だと聞いています。世界が違うのだからこんなのはただの押し付けだと思うし、あなたからしてみれば知ったこっちゃないって話かもしれません。だけど」

 

 キッとジーンを睨みつけると、ラルムは剣を引き抜いて構えた。

 

「騎士とはヘレルの誉れ。民の命を守る盾。いくら別世界とはいえ、騎士の有り様を汚すようなあなたのやり方は許せない!」

 

 騎士を目指し、騎士になるために生きてきた。ラルムにとって、ラルムと同じ騎士院生たちにとって、「騎士」という職業はそれだけ誉れ高いものなのだ。ジーンは別世界の人間であり、考え方も在り方もラルムたちのそれとは違うかもしれない。ラルムも頭ではそれは理解しているつもりである。それでも、心はその理解を納得しない。

 

 龍真のそれとは真逆に真っ直ぐに正道を行くラルムの強い眼差しにジーンは面白がっているように身体を震わせた。

 

「ははっ、どこの世界にもいるんだなぁ。騎士の身分を誇らしく思ってる奴ってのは」

 

 自身の世界にも似たような者がいるのか、ジーンは理解出来ない考えだ、と言外に込めて肩を竦める。そして、その剣先をラルムに向けた。

 

「くだらねぇ。俺の世界での騎士を教えてやるか? 王国に飼われたただの犬だ。国の雑事にこき使われる(てい)のいい犬。ああ、そういう意味では俺と同じなんだな。忠義に酔うか戦いに狂うか。違いなんてそんなもん――」

 

 小馬鹿にしたような笑いを浮かべたその顔に向けて何かが放たれる。しかし、反射的に剣でそれを受けたジーンの目には飛来物は映らなかった。その代わり、手に残ったのは剣撃を受けた後のような衝撃。見やればラルムは剣を振り下ろしたような姿で止まっている。どうやら彼が何かしたらしい、とジーンはうまくいった挑発に笑みをこぼした。第一印象はつまらない少年だったが、こうして怒りを纏えばなかなかに楽しそうに見える。

 

「……失礼。ですが少し黙ってもらえますか? あまりあなたの言葉を聞きたくない」

 

 言葉こそ冷静だが、その眼差しは怒りに燃えている。ジーンはその怒りを前にどこまでも楽しそうだ。その彼に言葉を返すことはそれ以上せず、ラルムは再度剣を振るう。何もいない所を斬りつけたかと思うと、その斬撃はジーンに襲い掛かってきた。

 

 ラルムが放ったのは飛翔剣という剣を振り抜き剣撃を飛ばす技だ。先ほどはいきなりだったのと油断していたのがあってその姿は捉え切れなかったジーンであるが、落ち着いて対処すると剣状の残像が目に映る。







                             



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