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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 剣撃を追いかけるようにラルムが駆け出した。ジーンは先んじた剣撃を軽く剣で払うと、目の前で強く踏み込んだラルムの襲撃を正面から受け止める。空気を震わせるかのように金属同士がぶつかり合う高音が響き、火花が散った。

 

 一撃目が交わされると、それぞれの剣を挟んで互いの視線が交錯する。良し悪しなど気にしない楽しむだけの青灰と、誇りと憧れを貶された怒りの熱を灯す黒。それは互いを相容れぬと突き放すように離れ、代わりに剣ばかりが相手を打ちにかかった。

 

 馬超の時と変わらない連撃の速度に画面の向こうでは感心の声もあがっている。しかし、当の本人たちは別のことを考えていた。ラルムは打ち込みがことごとくいなされていくレベルの違いを驚愕し、ジーンは馬超ほど完成されていないが才能の片鱗を見せるラルムを面白がっている。

 

 さらに連撃が重なると次第にラルムが圧され始めた。それまで受けるだけだったジーンの手が攻撃に転じ始め、やがて攻守は完全に逆転する。頭、首、胸、腹、足。実戦で当たれば間違いなく重傷、下手をすれば命の危機にもなりえる部位を躊躇なく攻撃してくる鋭い剣筋をラルムはひとつひとつ冷静を務めて防いでいく。

 

「守ってばっかじゃつまんねぇぞラルム。ほれ、一回休憩させてやるよ」

 

 言下、力を込めて斬り上げられたラルムは剣を持った腕ごと弾かれ上に上げられてしまった。そうして完全に隙だらけになってしまった脇腹をジーンは容赦なく蹴りつける。バルーンに阻まれたためにラルム自身に痛みはない。だが、平時であればあばらを折られていてもおかしくないほどに体重が乗っていたため、抗いきれずラルムの体は横様に地面に倒された。

 

 「受身を取れ」。脳が出したはずの指令は時間に追いつかず、ラルムは地面にそのままぶつかる。草が潰れた青臭い匂いと、少し抉れた土の匂いが鼻についた。倒れたと認識したラルムは、挫ける間もなく顔についた土を拳で拭ってすぐに立ち上がる。そんな彼を見てジーンは感心したように口笛を吹いた。

 

「へぇ? 大した防御力だな。ほとんど減ってねぇじゃねぇか」

 

 ジーンは見ていた。自身の足がラルムのバルーンとぶつかった時、赤みを帯びたものの彼が想像したよりもずっとその色が薄かったことを。力加減をしているとはいえ、まだ10代の少年が見事なものだとその笑みはますます深くなる。しかし再度構えたジーンの目からは興味が失せていた。

 

「――だが、今はこれ以上遊ぶ気になれねぇな。もう少し強くなったらまたやろうぜ」

 

 ジーンが再び片手で剣を構える。そして、空いた手でラルムに向かって手招きした。

 

「来い。あと一撃だけ受けてやる」

 

 今度のこれは挑発ではない。真実心から口にした言葉だ。最初に気付いたのは後ろからやり取りを見ていた龍真だった。彼女は最初の憎まれ口がラルムを熱くするための挑発だとすぐに気付いたが、水差しをよしとせず黙っていた。今もまた、彼女は口を噤み続けている。ただしその内心は大きく変わり、先が「してはいけない」の類であったのであれば今は「する必要がない」だ。ラルムもどうやらジーンが本気でこれでおしまいにするつもりだと気付いたらしい。表情が少し固くなっている。

 

「――――はい」

 

 短く答えると、ラルムは剣を構えたままチャージを重ねた。騎士院で最初に習うこのスキルは、一度だけ攻撃力・防御力を上げることが出来る。そしてこのスキルは重ねがけが可能であり、重ねた分その効果は上がるのだ。

 

 現在のラルムのレベルで重ねがけ出来るのは5回だ。その分を全てかけ終わると、ラルムの動きは一度止まる。ジーンはただ待ち続け、龍真も何も言わない。風に吹かれて揺れる草木のさざめく音だけが場を満たした。

 

 ややあって、ラルムが駆け出す。握り締めた剣からは赤い光が放たれていた。

 

「――レイジ・バッシュッッ!!」

 

 ラルムの持ち技の中で最も威力がある技が全チャージを込めて繰り出される。真正面からのそれはジーンの剣とぶつかることなく、過たずジーンを切り裂きバルーンは赤く染まった。

 

「……はっ」

 

 ――はずだった。しかし短く笑ったジーンのバルーンは展開されておらず、ラルムが振り下ろした剣は外された鞘で受けられている。魔力で強化しているのかもしれないが、全力を込めたのに破壊されない鞘の強度、片手で受けきるその膂力、そして、自身が危ういかもしれないというのに剣を受け手ではなく攻めてとして使うその胆力。その全てに、ラルムは驚愕した。

 

 ジーンが一歩下がる。尾を引くように続けてラルムから離れたのは突き出された剣だった。バルーンに阻まれたものの、それは間違いなく心臓を刺し貫くべく接近していた。その証拠に、剣が引くのとほぼ同時に消えたラルムのバルーンは赤く染まりきってしまっていたのをラルムはしっかり確認している。

 

 あと一撃貰えば終わってしまう。そう判断して一旦下がろうとするも、突然間合いを詰めて来たジーンに引き足を後ろから払われてしまい、ラルムは尻餅をつくように転んだ。そんな彼に、ジーンはまたも躊躇なく剣を振り下ろす。

 

 そして、一度の瞬きも必要としないでラルムの姿はそこから掻き消えた。

 







                             



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