<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> |
||
37/70
|
||
「へぇ、結構抜け目ねぇな」 カウンターが値を増やす中、ジーンはラルムが消えた直後に消えた少し赤みを帯びた自身のバルーンを見て楽しそうに呟く。ジーンに斬られる直前、ラルムは剣を突き出していた。まさかそこまで素早い反応が出来るとは思っていなかったジーンは顔を狙ったそれがバルーンで防がれることを許してしまった。もしも実戦であったなら、鼻から顔の左側にかけて一文字の傷が出来ていたことだろう。 「さて、待たせて悪かったな蘇龍真。遊ぼうぜ」 ジーンはまるで恋人に待たせたことを謝るような甘い声と笑顔を龍真に向ける。しかし抜き放たれた剣の切っ先は確かに龍真を捉えていた。向けられた眼差しを真正面から受け止めると、龍真は左手に持っていた長刀を改めて両手で構え直す。 真正面に相対した瞬間に龍真とジーンの間で闘気がぶつかり弾けた。まるで不可視の爆弾が炸裂したかのように空気が揺れ、周囲にまだ残っていた鳥たちが一斉に飛びたち、身を潜めていた動物たちが次々に逃げ出していく。 命あるものの退避が終わると、当の本人たちはじりじりと少しずつ間合いを詰め始めた。僅かずつ、まるで1ミリでもずれたらそれで命が終わるかのように、亀の如くふたりの距離は近づいていく。 風が吹いた。煽られた木が枝を揺らし、つながりが弱くなっていた葉が一枚、舞い踊りながら落ちてくる。それが龍真とジーンの間に差しかかった瞬間、唐突に場は動き出した。互いに駆け出し、幾度も立ち居地を変えつつ隙間ない雨のように剣を躍らせる。待機会場にいる戦いとは無縁の者たちが「今誰がどこにいる」を迷いだした頃、一際大きな衝突音を立てて龍真とジーンは飛び離れた。落ちてきたばかりの葉は細切れになり、再び吹いた風によって霧散する。 ふと訪れた空白に、ジーンはくっと喉を鳴らした。 「やっぱりな。ここにいた奴らの中じゃお前が一番面白ぇ。あのおっさんは弱い。ラルムはまだ発展途上。最初の奴は確かに強いが武器の通り真っ直ぐすぎる」 ゆるりと、両手を広げる。その間も不敵な笑みを浮かべる表情は変わらず、眼差しは揺らがずに龍真に注がれていた。ジーンの目には映っている。目の前にいる女性の、纏う空気の質が。忌まれ、疎まれ、良識と常識の籠によって囲まれた常人には理解し得ないそれは、正に幼い頃よりジーンが隣り合っていたもの。 「お前は、俺と同じだな。俺みたいに開けっぴろげじゃねぇけど、お前の目が映すそれは、間違いなく狂気だろ」 最初に気づいたのはもちろんつい先ほどだ。トルステンを片付けた直後、語りかけてきた瞬間の龍真の目をジーンは忘れていない。ただ冷たいだけじゃない。ただ鋭いだけじゃない。反射のように、当然のように、織り込まれた殺意は確実にジーンを貫いていた。 そして今の応酬でも、冷静に、確実に、龍真はジーンの首を取りに来ていた。ただの企画であるため本気でないことは剣を受けていたジーンには理解出来ている。それであってなお、痺れるほどのこの意識。 戦い狂いのジーンだが、人殺しはしない。ジーンの住むエスピリトゥ・ムンドは数多の世界と交わるだけに多くの生き物が訪れる。ゆえに、何よりも法整備がしっかりとしているのだ。中でも殺人は重罪だ。周りが敵だらけになるのはいいが、犯罪者になりたいわけではないのでその辺りは自制している。そして何より彼は「戦い終わった後に殺す」よりは「生かしておいて次会う時にもっと強くなっている」の方が好きな人物だ。その剣が命を絶ってきたのは獣や魔獣、魔物などのみ。 一方の龍真は群雄割拠する戦乱の時代に生まれたがゆえに、その手はすでに何人もの命を刈り取っている。殺さなければ殺される。それが当然の世界、時代を生きる彼女にとって、剣に殺意が籠もるのはもはや変えようのない事実であり変えてはならない生きる術だ。 さらに、彼女は生まれた時から狂乱と隣り合った命数にあると言われており、正常に培ってきた精神が揺らげば、彼女はジーンの言うとおり狂気に呑まれた剣を振るう。 ジーンからすれば、想像以上に楽しく遊べる相手を見つけたことを喜ぶ一言だった。しかしそれは、龍真にとっては幸の、ジーン本人にとっては不幸の言葉となる。 「――一緒にされるのは甚だ不愉快ね」 言葉通り不愉快な表情。しかし、言葉が唇を伝ってその残滓が消えれば、龍真からは満ちていた狂気がすっかりと抜け落ちていた。ジーンは不可解そうに眉をひそめる。 「私もまだまだね。熱くなってた」 大きな呼吸をし、軽く首を回して、龍真は再度剣を構えた。その時の彼女の表情は先ほどまでの恐ろしいまでに冷徹なそれとは打って変わっている。常の彼女の雰囲気が戻り、画面の向こうでは安堵が広がっていた。 一方、ジーンはどこまでもつまらなそうな顔をする。 「ちっ。指摘されると冷静になるタイプかよ。次からお前と遊ぶ時は黙ってることにするわ」 言うが早いかジーンは踏み込んで龍真に向かって斬りこんだ。冷静になってしまった彼女など敵でもない。そう言いたげな行動だ。だが、次の瞬間何かが打ち付けられたかのような重い音が響くと、バルーンを赤く染めたのは龍真ではなくジーンであった。 |
風吹く宮(http://kazezukumiya.kagechiyo.net/)