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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 ジーンの剣は片手に持ち変えられた龍真の長刀に阻まれ、龍真の空いた片手はジーンに向けられている。その手先に握られ、自身の首元に当てられている武器を脇目で見たジーンはポツリとその名を呟いた。

 

「……鉄扇」

 

 黒地に金縁された月と龍と花が刻まれた精巧な造りをしており、扇根には赤い飾り尾がついている。一見すると武器というよりも装飾品のようだが、硬度は確かなようで、首筋を狙って放たれたそれによるダメージでジーンのバルーンは想像以上に濃く赤味を帯びた。

 

「漢の丞相に謙譲された品よ。質は一級品。……ま、もう味わったから分かってるわよね」

 

 にっと不敵に龍真が笑うと、ジーンも眉を歪めて笑い返す。

 

「おかげさまで。何であんたがお偉いさんに謙譲されたもん持ってんだ? 盗んだのか?」

「失礼ね。結婚祝いに頂いたのよ」

 

 鉄扇が舞う。見た目よりも重量があるそれを、龍真はまるで普通の紙や布の扇のように扱い連撃が重ねた。ジーンは一撃一撃を紙一重で避ける。それでも、閉じたり開いたりを片手で器用にこなすため、避けたかと思うと開かれた扇の端で薄く展開したバルーンを掠められた。

 

「器用なこって。落ち着いたあんたなんてつまらねぇと思ってたが、意外に遊べるな奥様」

 

 軽い口調からは考えられない速度でジーンが剣を突き出す。龍真はそれを扇でいなして長刀を脇から斬り上げた。脇腹に埋まるはずだったそれはジーンの片手に握られたままだった鞘に受けとめられる。

 

 二振りの剣と鞘と扇をそれぞれ押さえつけながら、ふたりはその状態で拮抗した。ともすれば止まっているようにも見えるが、静かな押し合いが行われていることを筋肉の揺れ方が教えてくれている。

 

「女なのに大した力だな。俺も持ち上げられるんじゃねぇか?」

「べらべらとお喋り好きね。私と戦う時は黙ってるんじゃなかったの?」

「気が変わっ――――た!」

 

 力任せにジーンが押し返し、拮抗は一瞬にして崩れ去った。ジーンの剣が振り上げられると、龍真は鉄扇を懐にしまい直して両手で剣を握り締める。音を立てて剣同士がぶつかり合った。だが、それは彼が打ったとは思えないほどに弱く、予測と外れた龍真は拍子抜けしてしまう。それでも、龍真の余った力が無意識に放散されたのはただの一瞬だった。

 

 その僅か一瞬を見逃さず、ぎらりと双眸を輝かせたジーンは素早く剣を引く。あえて弱く打ち込んだため、筋肉は全力で打ち込んだ時よりも早くにジーンが望む位置まで腕を戻し、瞬きほどの間で再度剣を降り下ろした。

 

 防御が間に合わなかった龍真の右の肩口から袈裟懸けに刃が走ると、展開したバルーンが赤く染まる。それでもまだ耐えていると、続けて切り替えされたジーンの剣は龍真の膝の辺り腿にかけてを斬りつけた。

 

 それと同時に龍真の長刀が斬り下ろされジーンの右の肩口を捉える。バルーンが展開されより赤味が帯びるが、それよりも、ジーンの剣が龍真の腹を通り過ぎ彼女の姿が消える方が早かった。

 

 一瞬前までの激しい戦闘が嘘のように静かになった空気の中、ジーンはさらに桁を増やすカウンターを見上げながら深く息を吐く。

 

「……まだ3人相手にしただけだってのに、ここまで減るかよ」

 

 少し甘く見すぎていたかもしれない。龍真が消える直前に消えた自身のバルーンを思い出しながらそう思った。馬超、ラルム、龍真の三人を相手に、結局ジーンが完全に攻撃をもらったのは数えるほどだ。それでも展開されたバルーンから見た世界は薄赤く、疲労も感じ取れる。もっと余裕だと思っていたジーンとしては驚く所であった。

 

 しかし、ジーンの表情は明るい。この戦いだけでもこの宮に想像以上の存在が多いことが悟れた。彼にしてはこれ以上ない収穫である。そして何より、危機に恐怖よりも喜びを覚える異常さを孕む彼にとって、ダメージが入り疲労が残るこの状況は最悪ではなく最高なのだ。

 

 笑みがこぼれたその時、不意にチャイムが鳴る。

 

「30分経ったのか。これで確か3回目だったか。意外に早いな」

 

 共闘が始まったくらいの頃に1時間経過のチャイムは鳴っているので、これは1時間30分経過のチャイムだ。

 

「時間切れも考慮してるみたいだし、早いところ次の奴ら潰しに行くか――ん?」

 

 ルールブックで見た「3時間経過後まだ複数チームが残っている場合は時間制限を設ける」の項目を思い出しつつ、ジーンは次のターゲットを探すべく軍表を表示する。そして、想像していなかった状況を目の当たりにして目を細めた。

 

 誰かが何かのアイテムを使ったのか、大将騎が一気に増えている。そして、当たるとしたら最後だろうと思っていた軍が、姿を消していた。

 

「ロニーの軍がいない……? まさか、あいつの防御を破れるほど攻撃力のある奴がいるのか? それとも魔力そのものを封じたのか――」

 

 同一の世界の住人であり、縁もあるためジーンはロナルドのその強力な魔力による身体能力と本気を出せばジーンの全力を込めた剣撃すら耐えうる防御力をよく知っている。たまに遊び相手として追い回すと彼の姉が水を差してくるため最後まで遊んだことはないが、それでもその2点だけは確かだ。

 

 そんな彼が、消えた。

 

 にっと歯を見せて笑い、ジーンはどこまでも楽しそうな笑みで歩き出す。共闘の際に顔を合わせた者たちだろうか。それとも何故かこの短時間に新たに増えた大将騎たちや一般騎たちだろうか。何にしろ、ロナルドを倒した相手との戦いが、ジーンの中では最大級の楽しみとして渦巻いていた。

 

 







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